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赤城山から榛名山へ(1)

ドライブライン

新赤城神社への橋 赤城山といえば「国定忠治」を連想するのは古い年代の人と思うが、いまだ群馬県では元首相の小渕、中曽根、福田各氏を抜いて知名度は突出したナンバー1だと聞いた。
そこで、赤城、榛名山国立公園の自然やみどころとともに、国定忠治の足跡を追ってのドライブとなった。
取材時は、2つの山を彩るつつじの花が満開の季節だったが、共に頂付近には大小の湖があり、両山の山麓には豊富な温泉が湧き、なかでも有名な伊香保温泉を探索した。
夏は深い緑に囲まれた山や湖にはキャンプ場をはじめ、さまざまなスポーツ施設や散策路、登山路がある。秋の紅葉もまた見事で、四季を通して気軽に楽しめるところである。
「赤城山」と「伊香保温泉、榛名山」を2回に分けた。


サムネイル1 サムネイル2 サムネイル3 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

<赤城山コース>
(関越道)−前橋IC−(国道17号線)−前橋市内−(県道4号線)−木暮経由−赤城道路−大沼−小沼−牛石峠−(県道16号線)−赤城温泉郷−ぐんまフラワーパーク−大胡−(県道3号線)−前橋市
全行程 70km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●赤城山

関東北部、群馬県のほぼ中央にそびえる活火山で、榛名、妙義山と並んで、上毛三山の一つである。中央部にカルデラを持ち、黒檜(くろび)山、地蔵岳、長七郎山、駒ヶ岳、鈴が岳、荒山、鍋割山などからなる複式火山で、最高峰は鍋割山の標高1,828m。赤城山は、その総称だ。
古くからは「あかぎやま」と呼ばれていたが、国土地理院に「山」を「さん」と読むと規定されたため「あかぎさん」と地図には記載されたが、群馬県民の長年の陳情の結果「あかぎやま」と改称された。県民が親しみこだわる「あかぎやま」は、関八州でしのぎを削った日本を代表する任侠、“国定忠治”の舞台でもあったからかもしれない。
榛名山の麓、大戸関所で捕らえられるまでの忠治の足跡は、赤城山を中心に周辺にはいまも数多く残る。

●赤城道路

前橋市から県道4号線で、前橋と沼田を結ぶ道路の、前橋から赤城山へ向かう木暮の交差点に、赤城神社の大鳥居がある。ここから山頂までは快適なドライブウェイが続く。勾配のきつい道だが、道幅も広く美しい白樺の林を楽しみながら上る。
やがて視界が開けると、一面山を赤く染めるレンゲツツジの群生地にでる。シーズンは6月だが、牧場の隣には「エネルギー資料館」があり、空っ風で名高い群馬の風を利用した大きなプロペラ発電機などもある。

赤城への道
赤城への道
山麓に建つ赤城神社の大鳥居
山麓に建つ赤城神社の大鳥居

●赤城神社

赤城山の大沼には赤城神社が鎮座する。全国300余の分社を持つ赤城神社の総本山で、古代、東国を開拓した神々で農耕を司る山の神霊を尊崇する自然信仰の古社だ。
現在は沼田方面への湖畔に真新しい朱塗りのコンクリートの社が建つが、元は県道4号線近く、大沼へ下る道筋にあった。木立に埋もれた赤城神社と書かれた古い鳥居が残る。鳥居のそばには、第二次世界大戦の帝国海軍の旗艦「赤城」の武運を祈願した石柱があった。かつては盛大な祈願の儀式を行ったであろう神社は移転され、当時、奉納された石柱だけが傾きかけたまま残されていた。
新・赤城神社
新・赤城神社
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新赤城神社への橋
新赤城神社への橋
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赤城神社裏の弁天様
赤城神社裏の弁天様

赤城大沼畔の旧赤城神社跡
赤城大沼畔の旧赤城神社跡
軍艦・赤城の石柱
軍艦・赤城の石柱

大沼のほとりにはまだ新しい大きな国定忠治の像があった。赤城山ではじめて出会った国定忠治である。大沼には鯉や鮒、ワカサギが棲息し、冬季の結氷時にはワカサギ釣りやスケート客で賑わう。

赤城大沼
赤城大沼
大沼畔の忠治像
大沼畔の忠治像

●小沼と覚満渕

赤城小沼
赤城小沼
長七郎岳(1,576m)の麓には火口湖の小沼がある。約3万年前の噴火で出来た沼だが、この噴火で現在の園芸用で知られる鹿沼土が噴出した。
大沼と小沼の中間には周囲500mという小さな沼、覚満渕があり、ともに湿性植物の群生地がある。覚満渕は木道や小道で一周するコースがあり、わずかだが6月には水芭蕉も咲き、レンゲツツジやミツバツツジが自生する。近くにはビジターセンターもあるので周辺の自然観察をする前に訪ねてみよう。

霧の赤城小沼
霧の赤城小沼
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赤城・覚満淵
赤城・覚満淵

●赤城温泉郷

小沼から赤城温泉方面に下る道は狭い急カーブの連続だ。牛石峠は別名「サンシャイン峠」という。晴れた夜にはこの峠から東京の夜景が見えるそうだ。この日は生憎の濃霧で視界はゼロだったが、こんな山の奥から東京の夜景が見えるとは驚きだ。それにしてもうっそうと茂る木々の中、急勾配の狭く見通しの悪い道が、くねくねと約22kmも続く。対向車には気をつけたい。
途中に「赤城温泉郷」と書かれた標識に従って少し県道を外れると、深い谷間に落ち込むように数件の宿が建つ。開湯は元禄時代で、鉄分を含む赤茶色の天然湯だ。ここより県道に戻ると、その名も国定忠治にあやかった“忠治温泉”がある。一軒宿は“忠治舘”といい、さらに県道を離れた奥には、“滝沢温泉”もある。この渓流沿いにある温泉宿“滝沢舘”ともカルシウム、マグネシウムなどを含む炭酸水素塩冷鉱泉だ。
赤城温泉郷の中には、領民を苦しめる代官を殺め、追っ手を逃れて赤城山中に子分とともに身を隠す「国定忠治」の逸話はいくつも残されている。またこのあたりは太平記で活躍した新田一族の領域であったため、新田義貞もこの温泉郷で身体を癒したという。

忠治温泉
忠治温泉
滝沢温泉
滝沢温泉

講談でおなじみの『赤城の山も今宵限り…』で知られる国定忠治は、江戸末期に上州・国定村(現在の群馬県伊勢崎市)に生まれ、本名は長岡忠次郎。博徒となって上州から信州一帯で活動。縄張り争いで人を何人も殺したり、関所破りを繰り返す悪党だが、一方で、義理人情に厚い人物像が描かれている。
賭博で稼いだ金で灌漑用溜め池を普請したり、金銭を貧しい農民に与えたり、飢饉には領民を救い、農民を苦しめる代官などには容赦しなかったという忠治の義賊伝説となった。その気っ風と度胸のよさと男振りが、講談となって現在に伝えられている。最期は嘉永3年(1850)、みずから破った、上野国吾妻郡大戸村大戸関所で処刑された。

時代劇に登場する『縞の合羽に三度笠』の旅スタイルは忠治の逃避行中を創作したもので、三度笠は大正時代に発明されたものらしいとか。

赤城温泉郷、滝沢舘前から、徒歩約45分「赤城の山も今宵限り」を過ごしたという岩小屋がある。忠治とその子分に扮した人形が飾られているとの宿の主人の話。登山の用意で出かけたい。
忠治の岩屋への案内
忠治の岩屋への案内

●ぐんまフラワーパーク

ぐんまフラワーパーク
ぐんまフラワーパーク
今年6月に群馬県から第三セクターによりリニューアルオープンしたばかりの花の公園。面積、東京ドーム約4個分の広さに日本庭園、イングリシュガーデン、ロックガーデン、温室の他子供の遊び場、レストラン、体験教室など盛り沢山のコーナーがある。一年を通して季節の花を咲かせている。
/入場料 700円、TEL 027-283-8189

●阿久沢家住宅

フラワーパークより県道16号線を挟んだ畑のなかに移築された、この地方の民家で、県の文化財指定を受けているが、管理人もいず見学も無料だ。江戸から明治、大正にかけて、養蚕が始まる前のこの地方の普通の農家だ。茅葺き屋根、広い土間とござ敷きの2つの部屋だけだが、国定忠治が生きた貧しい時代の民家の中ではかなり大きな農家だったようだ。
県の文化財指定でありながら立て看板の簡単な説明以外資料らしきものは一切ないのが少し残念だった。
住宅内部
住宅内部



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群馬県観光協会
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富士見村
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取材:2006年7月