群馬・栃木。日本の近代化を支えた産業遺構を巡る(1)

自動繰糸機がズラリとならぶ繰糸所 群馬県の南側を横断する北関東自動車道と上信越自動車道、そして栃木県を縦断する東北自動車道沿いには、日本を近代化へと導いた産業遺構や重要建築が点在している。今回は明治のころにすでに避暑地として歴史を開いた長野県の軽井沢町を出発し、碓氷峠(うすいとうげ)を越えて、旧富岡製糸場がある群馬県富岡市、絹織物の産地として名高い桐生市、日本最古の学校として知られる足利学校がある栃木県足利市、そして近代建築に多用された大谷石の採掘場跡がある宇都宮に至る、北関東を東進するドライブにでかけてみた。
ドライブの途中に立ち寄る洋館やレンガ造りの橋脚、巨大な製糸工場など、どれも日本近代化の歴史を物語る遺産だ。しかし多くの施設が今からそう遠くない昭和の中期・後期まで現役で稼働していたと知ると、日本史のモニュメントが急に身近な存在に感じられる。昭和生まれの人にとって、日本の歴史が自分の生きた時代と地続きであるという感慨が湧いてくるのではないだろうか。

ドライブルート

軽井沢町−(国道18号)−碓氷峠−(国道18号など)―松井田妙義IC−(上信越自動車道)−富岡IC−富岡市−(県道10・26・6号線)−高崎市−(県道6号線、国道17号線)−前橋市−前橋IC−(関越自動車道、北関東自動車道)−太田藪塚IC−(県道315・68号線、国道122号線、県道3号線など)−桐生市−(県道227・67号線)−足利市−(国道293号線)−足利IC−(北関東自動車道、東北自動車道)−栃木IC−(県道32・3・11号線)−栃木市−栃木IC−(東北自動車道)−宇都宮IC−(国道119号線など)−宇都宮市大谷−(県道70号線、国道119号線)−宇都宮市中心部

全行程 約218km、今回 約84km

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旧三笠ホテル

軽井沢駅を出てすぐのところにある「ニッポンレンタカー軽井沢駅北口営業所」で車を借り、県道133号線を北へ進む。駅周辺の市街地の街路樹が、次第に緑の濃さを増して行き、気付けば道の両側をカラマツの木々が覆っている。

  • JR軽井沢駅を出て左手にあるニッポンレンタカー軽井沢駅北口営業所

    JR軽井沢駅を出て左手にあるニッポンレンタカー軽井沢駅北口営業所

  • カラマツの森のなか県道133号をひた走る

    カラマツの森のなか県道133号をひた走る

イメージ通りの避暑地の景色のなか、しばらく車を進めると、瀟洒な洋館が木の陰から顔をのぞかせる。褐色の外壁に白い窓枠や梁が浮かび上がるような「旧三笠ホテル」は、明治38年(1905)に実業家・山本直良が純西洋式木造ホテルとして建てたものだ。往時は近衛文麿、渋沢栄一、乃木希典など政財界の重鎮たちが集い、「軽井沢の鹿鳴館」と呼ばれ、一大社交場としてその名を轟かせた。旧三笠ホテル建設の陣頭指揮をとったのは、明治27年(1894)に創業し、現在も軽井沢で営業する万平ホテルの創業者・佐藤万平だ。
旧三笠ホテル館内は、幾何学模様のガラス窓や天井の意匠、洋画家・有島生馬デザインによる三笠のマークをあしらった装飾など、細部のいたるところにこだわりが見てとれる。
それにしても不思議なのは、なぜ佐藤万平は自分の商売敵となる三笠ホテルの建築に尽力したのか? 軽井沢の地域活性化を睨んでか、あるいは新しい建築に携われる純粋な情熱からか? 今度、万平ホテルに泊まる機会があったら考えてみるとしよう。
/入館料 400円

  • 太い窓の縁どりが、安定感のある印象を作りだしている

    太い窓の縁どりが、安定感のある印象を作りだしている

  • 国内外の要人たちが集った1階のロビー

    国内外の要人たちが集った1階のロビー

  • 今見てもモダンな軽井沢彫初期のテーブルと椅子

    今見てもモダンな軽井沢彫初期の
    テーブルと椅子

  • 窓枠にあしらわれた、鶴と松を組み合わせた浮彫の装飾

    窓枠にあしらわれた、鶴と松を
    組み合わせた浮彫の装飾

  • ホールがある2階へと続く中央階段

    ホールがある2階へと続く中央階段

  • 手のこんだ装飾は館内に巡らされた廊下にも見られる

    手のこんだ装飾は館内に巡らされた
    廊下にも見られる

碓氷第三橋梁

碓氷峠の長いワインディングロードを横川方面に向かって走る

碓氷峠の長いワインディングロードを横川方面に向かって走る

車は一旦、軽井沢駅前へ戻り、中山道を東に進み碓氷峠へ。関東と信濃をむすぶ交通の要衝である碓氷峠は、かつては全国でも屈指の難所として知られてきた。明治11年(1878)、明治天皇が北陸道・東海道を巡幸された際、徒歩で通過されたことからも、当時の峠の険難さをうかがうことができる。横川へと向かう長いワインディングロードの途中には、明治25年(1892)に開業し、信越本線(新線)が開通する昭和38年(1963)まで、横川〜軽井沢間の鉄道輸送を支えた旧信越本線の遺構がいくつか残されている。

  • 森のなかからふいに現れる鉄道遺構

    森のなかからふいに現れる鉄道遺構

  • 碓氷第三橋梁から300mほど手前の専用駐車場に車を停める

    碓氷第三橋梁から300mほど手前の
    専用駐車場に車を停める

谷間で圧倒的な存在感を放つ碓氷第三橋梁

谷間で圧倒的な存在感を放つ碓氷第三橋梁

ワインディングロードが終盤にさしかかると、山間に“めがね橋”の愛称で知られるレンガ造りの「碓氷第三橋梁」が顔を見せる。車を少し手前の専用駐車場に停め、徒歩でめがね橋へ。橋のふもとから見上げる高さ31m、長さ91mのオレンジ色のアーチ橋は、周囲の山々と鮮やかなコントラストを作りだし、今回のドライブコースで一番の絶景ポイントとなっている。
碓氷第三橋梁建造には約200万個のレンガが使われ、現存する国内のレンガ造りの橋のなかでも最大規模を誇る。平成5年(1993)には重要文化財に指定された。橋の上には廃線敷を利用した遊歩道「アプトの道」が整備され、多くの観光客が訪れている。

  • 明治27年に耐震補強が行われ、橋脚は竣工当初のほぼ2倍の太さになった

    明治27年に耐震補強が行われ、橋脚は竣工当初のほぼ2倍の太さになった

  • レンガの積みは長辺と短辺を段ごとに交互に積み上げて行くイギリス式

    レンガの積みは長辺と短辺を段ごとに交互に
    積み上げて行くイギリス式

  • 橋に向かって左から2番目のアーチをくぐって上へ向かう

    橋に向かって左から2番目のアーチを
    くぐって上へ向かう

  • 大勢の観光客でにぎわう橋の上の遊歩道「アプトの道」

    大勢の観光客でにぎわう橋の上の遊歩道「アプトの道」

  • 31mの高さからの眺めは壮観

    31mの高さからの眺めは壮観

旧丸山変電所

碓氷峠を下りきると、道の両側に趣ある古い家々が建ちならび、中山道の宿場町「坂本宿」のなかを行く。さらに道を進み「くつろぎの郷 峠の湯」という看板のところで左折し、日帰り温泉施設「碓氷峠の森公園交流館 峠の湯」の敷地へと入って行く。

  • 峠道を越え、坂本宿のなかを走る

    峠道を越え、坂本宿のなかを走る

  • 旧丸山変電所に向かうアプトの道は温泉施設の裏手にある

    旧丸山変電所に向かうアプトの道は温泉施設の裏手にある

蓄電池室の横からの姿。忘れられた教会のようにも見える

蓄電池室の横からの姿。忘れられた教会のようにも見える

碓氷第三橋梁を模した建物のなかには、裏妙義や霧積の山々を眺めながら天然温泉に浸かれる大浴場や露天風呂などが設けられている。「ここでひとっ風呂」と行きたいところだが、まだまだ先は長い。駐車場に車を停め、温泉に後ろ髪をひかれながら施設の裏へ回ると、旧信越本線の下り線を利用したトロッコ列車の線路と、碓氷第三橋梁へも通じる、アプトの道を見つけることができた。線路沿いの遊歩道を横川方面に向かって20分ほど下ると、目的の「旧丸山変電所」に到着する。
明治45年(1912)に建設された純レンガ造りの建物は、碓氷峠を通過する電気機関車の電力を一手にまかなっていた。創業当時は鉄道電気の最先端技術が導入され、軽井沢側の機械室には450kwの回転変流機2基と500kVAの変圧器2基が収められていたとか。横川側の蓄電池室には312個の蓄電池が設置され、列車が通らないときに充電し、列車の登坂時に放電し難所越えを支えていた。昭和38年(1963)、信越本線(新線)の開通にともない廃止され、荒廃するままに放棄されてきたが、平成6年(1994)に碓氷峠鉄道施設として国の重要文化財の指定を受けて改修工事が進められ、現在は往時の美しいレンガ造りの姿をとどめている。

  • 2棟の建物からなる旧丸山変電所。手前が機械室で奥が蓄電池室

    2棟の建物からなる旧丸山変電所。手前が機械室で奥が蓄電池室

  • 廃線を利用したアプトの道を20分ほど歩くと目的地が見えてくる

    廃線を利用したアプトの道を20分ほど
    歩くと目的地が見えてくる

  • 機械室は窓から内部を覗くことができる

    機械室は窓から内部を覗くことができる

  • 「碓氷峠の森公園交流館 峠の湯」の食事処では、おぎのやの峠の釜めしを提供

    「碓氷峠の森公園交流館 峠の湯」の食事処では、
    おぎのやの峠の釜めしを提供

旧富岡製糸場

国道18号線を高崎方面へと向かい、しばらくすると上信越自動車道の高架が見えてくる。松井田妙義ICから高速道路に乗れば、世界遺産に登録される「旧富岡製糸場」までは約20分の道のりだ。

  • 富岡ICを降りて県道46号を北へ進む

    富岡ICを降りて県道46号を北へ進む

  • 旧富岡製糸場周辺は一方通行の道が多く要注意だ

    旧富岡製糸場周辺は一方通行の道が多く要注意だ

入口正面にある、国宝に指定される東置繭所

入口正面にある、国宝に指定される東置繭所

平成26年(2014)に日本の近代化遺産として、ユネスコの世界遺産に登録された旧富岡製糸工場は、明治5年(1872)、フランス人技術者、フランソワ・ポール・ブリュナ指導のもと、フランスの製糸機械を導入。当時は世界最大規模の製糸工場として操業し、日本経済を支えていた。
広大な場内で最初に目につくのは、入口正面に建つ木骨レンガ造りの東置繭所だ。フランス積といわれる、一段ごとにレンガの長辺と短辺を交互に積み上げる独特なパターンを見せる建物の屋根には日本瓦が用いられ、日本と西洋の技法を融合した好例として貴重な資料となっている。
東置繭所から左へ行くと、長さ約140mの繰糸所がある。昭和62年(1987)の操業停止まで稼働していた自動繰糸機がズラリとならぶ場内の様子は壮観だ。ほかに格子状の天井模様がお洒落なフランス人女性技師の宿舎や、旧富岡製糸場内でも竣工年が新しく、ほかの建物と比較するとレンガ技術の向上が見て取れるブリュナ館など、とにかく見どころが多い。効率よく見学するなら、入場料とは別に200円で利用できるガイドツアーに参加するのがおすすめ。解説員が約40分かけて、見るべきポイントをレクチャーしながら場内を案内してくれる。
/入場料 1,000円

  • 自動繰糸機がズラリとならぶ繰糸所

    自動繰糸機がズラリとならぶ繰糸所

  • 東置繭所の2階は乾燥させた繭の貯蔵庫として使われていた

    東置繭所の2階は乾燥させた繭の貯蔵庫として使われていた

  • 東置繭所1階の展示室では、カイコの生態を見ることができる

    東置繭所1階の展示室では、カイコの生態を見ることができる

  • 平日にはフランス式繰糸器実演を行っている

    平日にはフランス式繰糸器実演を行っている

  • コロニアル様式の首長館はブリュナと家族が暮らしていた

    コロニアル様式の首長館はブリュナと家族が暮らしていた

おかって市場

駅前の活性化にひと役買うショッピング施設

駅前の活性化にひと役買うショッピング施設

車を旧富岡製糸場周辺の駐車場に残し、工場の周りを少し散策してみることにした。
趣のあるレトロな街中を抜けて上州富岡駅へ出ると、真新しい駅周辺の景色のなかで、古色蒼然とした佇まいの倉庫群が異彩を放っている。木造、レンガ、石造の建物がコの字型にならぶこの施設は、かつて富岡倉庫という会社が所有する乾繭倉だったそうだ。入口の右手にある木造の建物は、現在「おかって市場」として、地元の特産品などを販売する総合食料品店として営業している。
近隣農家が育てた新鮮野菜や加工食品などがならび、地場食材のセレクトショップといった感じだ。センスの良い富岡みやげを探している人に、ぜひおすすめしたいスポットだ。毎月第二日曜日には、生産者と消費者の交流の場として「つきいちマルシェ」が開催される。野菜や生花など旬の農産物のほか、パンやお菓子、ジャムやチーズなど丁寧に作られた品々をそろえた店舗もならび、地元の人はもちろん、観光で訪れる人たちで賑わっていた。

  • 地元で栽培された季節の生花が軒先にならぶ

    地元で栽培された季節の生花が軒先にならぶ

  • 生産者の顔が見えるこだわり野菜を販売

    生産者の顔が見えるこだわり野菜を販売

  • 生鮮食品のほか調味料をはじめ加工食品など充実の品ぞろえ

    生鮮食品のほか調味料をはじめ加工食品など充実の品ぞろえ

  • 人気商品、富岡サイダーは1本230円

    人気商品、富岡サイダーは1本230円

群馬県立日本絹の里

養蚕農家を模した建物の周辺には桑畑が広がる

養蚕農家を模した建物の周辺には桑畑が広がる

旧富岡製糸場近くの駐車場に戻りドライブ再開。県道10号前橋安中富岡線を北上し、本日の宿泊地と決めた前橋へと向かった。夕方近いとはいえ、まだ日は高く、このままホテルに入ってしまうのは少々もったいないと考えて、高崎市の「群馬県立日本絹の里」に立ち寄ることにした。
群馬県立日本絹の里は、繭や生糸に関する資料や群馬の絹製品展示のほか、養蚕の歴史やカイコの生態などを知ることができる。旧富岡製糸工場で見聞した製糸・養蚕に関する知識をおさらいするのにちょうど良い施設である。桑畑に囲まれた群馬の養蚕農家をイメージした建物のなかでは、映像やジオラマを使いカイコから絹製品になるまでの過程を紹介するコーナーや、繭や生糸に関する資料、今回のドライブの後半で訪れる桐生市の絹製品も展示していた。
今では純国産の絹製品は、全国の消費量の1%にも満たないそうだが、約100年前の明治42年(1909)、日本の生糸輸出量は世界一位を誇り、世界市場の8割を占め外貨獲得の中心的な役割をはたしていた。日本に諸外国と拮抗する国力を与え、この国を近代化に導いたのがカイコの生成物だったという事実。今からそう遠くない時代、日本人と昆虫が深く共生していたことに、不思議さと感慨を覚える人にとって、ここは興味のつきない施設となっている。
訪れた日は残念ながら開催されていなかったが、織り、染色、繭クラフトなどの専門講師による体験教室も定期的に開かれているので、興味のある人は予定を確認して参加してみるといいだろう。
/入館料 400円

  • カイコと絹を科学的に紹介する展示コーナー

    カイコと絹を科学的に紹介する展示コーナー

  • 巨大な模型でシルクを吐き出すメカニズムを詳解

    巨大な模型でシルクを吐き出す
    メカニズムを詳解

  • カイコの生態も展示している

    カイコの生態も展示している

  • 家畜化されたカイコと、自然界にいる野性のカイコの違いを展示

    家畜化されたカイコと、自然界にいる野性のカイコの違いを展示

ニッポンレンタカーの車種・料金

詳しくは車種・料金一覧表をご覧ください。

群馬県内のニッポンレンタカー営業所

ニッポンレンタカー ホームページの営業所検索で、群馬県の営業所リストをご覧いただけます。

ググっとぐんま
富岡製糸場をはじめ群馬県のみどころや温泉、ご当地グルメ情報などが見られるほか、観光情報検索もできる。
富岡製糸場
世界遺産・富岡製糸場の公式サイト。製糸場紹介Flashムービーやデジタルアーカイブスも見られる。

記事・写真:宮崎博、谷山宏典 取材:2017年5月

  • ※ドライブコースの情報はそれぞれの記事の取材時点のものです。
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