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福島・会津エリアをロングドライブ(3)

ドライブライン

檜枝岐と奥只見山岳ドライブ

屏風岩と綺麗な流れ 大内宿より国道121号線(日光街道)を会津田島で分かれ、駒止トンネルを抜けると国道401号線(沼田街道)に合流。檜枝岐で一泊、翌日は車から一時離れて、尾瀬沼のほとりを往復約2時間のトレッキング。その後は新潟県魚沼市小出まで約100km、奥只見の山岳地帯を縫って走るロングドライブだった。深い谷、急峻な山肌を走る国道352号線は、日本の豊かな自然と、その山々の奥地に暮らした人々や奥只見の銀山などの足跡も残していた。
昭和36年(1961)に完成した奥只見ダムは同時期に完成した黒部ダムと並んで、日本のダムの歴史に残る大事業といわれている。ダム湖百選に選ばれたこの人工湖を舞台に、三島由紀夫の恋愛小説『沈める滝』がある。また開高健は湖畔に長期に滞在して『夏の闇』を執筆したばかりか湖に生息するイワナ、ヤマメ、ニジマスを密漁から守る会などを結成した。
道は冬季は閉ざされるが、春スキーが楽しめ、初夏の新緑、秋は紅葉と山は色づき、湖水は輝く。多くの観光客は新潟県側から湖を訪ねるが、福島県檜枝岐からのルートは道幅が狭くカーブ続き、その上、距離も長い。天候に恵まれた日にたっぷり時間をかけてのドライブコースである。


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ドライブライン

<コース>
檜枝岐村・尾瀬−(国道352号線)−銀山平−枝折峠−魚沼市小出
全行程 110km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●檜枝岐(ひのえまた)村

檜枝岐への道
檜枝岐への道
大型のイワナが棲息するという清流檜枝岐川沿いには、いくつもの山村集落が点在するのどかな風景が続く。
途中には奇岩と清流の景勝地「屏風岩」があった。川幅が狭まり水は滝状になって落ち、いくつもの深みを作っていた。

「この深みはイワナのたまり場で、シーズンには30cm以上の大きなものまで釣れる」と通りがかりの地元の人が教えてくれた。

屏風岩と綺麗な流れ
屏風岩と綺麗な流れ
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イワナ酒
イワナ酒

村の約98%が林野という檜枝岐は、福島県の西南端、群馬、栃木、新潟と接し、尾瀬・会津駒ヶ岳など山岳観光地を持つ広大な地域だ。
そんな檜枝岐の集落は平家の落人が隠れ住んだと伝えられ、山深い里だった故に独特の文化を残している。人口は昭和36年(1961)の983人をピークに、一時は増加したが、現在もほぼ同じだそうだ。
地名の由来は良質な檜の産地であったことからといわれている。
かつての秘境も近代化された
かつての秘境も近代化された

周囲を山に囲まれた海抜940mの檜枝岐は、農産物にもあまり恵まれず、現在は尾瀬沼への拠点として、また温泉、冬季のスキーなどの観光と伝統工芸の木工製品などが村を支えている。国道352号線沿いとその周辺には民宿や旅館が50軒ほど建ち並び、温泉が各戸に引かれている。
かつては秘境の地とさえ言われた村では、昔は冷害に悩まされ、とくに凶作の年には、子供が「まびき」されるという悲惨な行為もあった。村の道ばたにある6体の石像は、こうした稚児たちの霊を弔い母の嘆きを慰めるために建立されたという。

●檜枝岐歌舞伎

檜枝岐の歌舞伎舞台
檜枝岐の歌舞伎舞台
260年もの伝統が息づく檜枝岐の歌舞伎は、昔、伊勢神宮へ参拝した折りに江戸歌舞伎を観劇した村人が、見よう見まねで伝えたのがはじまりという。以来、父から子へ、子から孫へと継承され、いまも昔とかわらぬ檜枝岐独特の歌舞伎を受け継いでいる。神を尊ぶ奉納歌舞伎(重要無形民俗文化財)で村民唯一の娯楽といわれ、毎年、5月12日、8月18日、9月の第一土曜日に演じられる。

日本各地にある農村歌舞伎は舞台装置や出し物は異なっていても、つくりは規模こそ小さいが、裏山を背に扇状に石を積んだ階段状の観客席、舞台側から声を発すると客席の最上段まで聞こえるという音響効果も古代ギリシャの半円形劇場と似ていて面白い。

歌舞伎の舞台(右)と斜面を利用した客席
歌舞伎の舞台(右)と斜面を利用した客席
階段状の客席。音響効果も優れている
階段状の客席。音響効果も優れている

歌舞伎舞台へと通じる参道には、代表的な演目の一つ「奥州安達ヶ原袖萩際」の一場面を再現した、袖萩とお君の母子像がある。その隣りには「橋場のばんば」の石仏がある。この石仏は、子供を水難から守ってくれる水神様だが、最近では縁結び、縁切りの神様として信仰されている。悪縁を切りたい時は新しいハサミを、縁を切りたくないときは錆びて切れないハサミを供えるとか。
石仏の前には錆びたハサミと新しいハサミが沢山積まれていた。刃物であるハサミが無造作に積まれていることに少し危険も感じたが、地元の人にとっては何事もないことなのだろう。

歌舞伎通り。鎮守様の境内への道でもある
歌舞伎通り。鎮守様の
境内への道でもある

橋場のばんば
橋場のばんば

●尾瀬・湿原

檜枝岐集落のはずれには周囲2kmの「ミニ尾瀬公園」がある。お年寄りから小さな子供までだれでも、約40分の尾瀬散策が楽しめる。春先は湿原の花ミズバショウをはじめ約80種の里山野草が観察できるので、尾瀬の雰囲気を味わえるウォーキングパークとして親しまれている。
さらに本物の尾瀬は、集落より車で約15分上ったところにある御池へ。これよりシャトルバスで上ること約20分、終点沼山で下車。これより沼山峠を経て尾瀬沼のほとりまで徒歩往復約2時間。
尾瀬は群馬県、新潟県、福島県側から主に5ヶ所の登山口があるが、尾瀬沼へはこの沼山峠からのコースがもっとも近く容易だ。こうしてドライブの途中でも広大な尾瀬の一端を覗くことができる。ただし、広い草原と湿原の中では雨宿りするところもないし、標高1,000mを超えるので、それなりの準備は必要だ。
シャトルバスは10月いっぱいで終わりだが、開通は5月20日前後。
/お問い合わせ 尾瀬檜枝岐温泉観光協会、TEL 0241-75-2432

尾瀬沼への木道
尾瀬沼への木道
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尾瀬の秋
尾瀬の秋

●国道352号線・新潟県魚沼市小出へ

檜枝岐の集落から小出までは正確には96km。標高2,000m級の山々の中腹を幾重にも回り込み、いくつもの谷間を覗く山岳道路で、道幅も所々に交差できるスペースのある一車線と狭い。
夏には新潟県方面から尾瀬へ行く車も多いというが、紅葉も盛りを過ぎたためか、幸い対向車にはほとんど会わなかった。
枯木にからみついたツタも紅葉していた
枯木にからみついたツタも紅葉していた

●奥只見湖

急斜面を縫う奥只見の道路
急斜面を縫う奥只見の道路

昭和36年(1961)に完成した奥只見ダムによって出来た人造湖で正式には「銀山湖」という。ダムや湖をテーマにした小説なども多く生まれたが、作家にして釣り師としても著名な開高健は、この湖の魅力に惹かれ湖畔の銀山平に長期滞在しながら執筆活動をした。
湖にはイワナ・ヤマメ・サクラマスなどが多く釣り人の憧れの場所でもあったが、密漁などの乱獲で、これらの魚が著しく減少。現状を憂いた開高健は1975年「奥只見の魚を育てる会」を結成。禁漁区の設置や密漁防止対策など積極的に活動。1981年に、湖に注ぐイワナやヤマメの産卵場所である「北の又川」を全国で初の通年禁漁区に指定を受けることになった。しかし、近年ブラックバスの密放流が行われていることが問題となっている。
シーズン中には銀山平、尾瀬口との間、それにダムを回遊する遊覧船が運航している。

銀山湖(奥只見ダム)とそれを囲む山々
銀山湖(奥只見ダム)とそれを囲む山々
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銀山湖
銀山湖

●銀山間歩(坑道跡)

銀山平までの一帯には昔、銀鉱山があった。寛永18年(1642)ひとりの百姓が只見川に鱒漁をしているとき、光る石を見つけ、これが銀であることがわかり、高田藩に注進、高田藩は幕府に報告した。そして幕府の命令を受け、原生林に覆われていた深山で、銀鉱石採掘がはじまったのは明暦3年(1657)と坑道跡前の説明版にあった。
150年ほどで一度は閉山したが、その後も断続的に採掘が行われた。こうして200年以上続いた銀山の盛衰と坑夫たちの哀歓をひめた坑道の大部分は、今は湖底に沈み、一部の坑道が残るのみだ。人ひとりが身体をちぢめてやっと入れるような狭い坑道で採掘に従事した人々をしのぶことができる。

湖底に沈んだ鉱夫たちの供養塔が移築されている
湖底に沈んだ鉱夫たちの供養塔が
移築されている

銀山の坑道跡
銀山の坑道跡

坑道跡は2ヶ所あった。最初のものは国道脇にあったが、小さな表示版の奥に草木に覆われてわかりにくく坑道の入り口が一つだけ。
もう一方は「銀山供養塔」の立て看板があり、お堂も建てられている。銀山で犠牲になった人々の墓地が、ダム湖の底に沈んだため、移転安置されたものだ。

供養塔から湖に向かって急勾配の道を下ったところに4つの坑道入り口があり、数メートル奥で坑口は鍵のかかった扉で閉ざされていた。
坑道は5メートルほど奥に扉が作られていた
坑道は5メートルほど奥に扉が作られていた

●尾瀬三郎の像

銀山平の神社の境内に平成16年に立てたばかりの真新しい平安貴族の像がある。約800年前の昔、尾瀬三郎大納言藤原房利が時の権力者であった平清盛と美しい皇妃を巡って争い敗れ、京の都を追われてこの地にたどり着いたと伝えられているとか。
檜枝岐にも尾瀬大納言の伝説があり、尾瀬の地名の由来とも言われ、同じような像が立っている。
また、越後駒ヶ岳への登山口でもある「枝折峠(しおりとうげ)」には、厳しく道のわかりにくい峠越えで、木の枝を折りながら山を分け入った尾瀬三郎の伝説もあった。
尾瀬三郎の像
尾瀬三郎の像

このルートの最後の山越えである、枝折峠を越えると、栃尾又温泉、大湯温泉を経て小出はもう近い。
一般のドライバーは、この枝折峠越えをする人は少ない。奥只見シルバーライン(有料)を利用する。ダム建設の工事用に作られた道路だ。ダム付近にはスキー場があるが、国道352号線とシルバーラインは冬季は閉鎖される。冬は営業しない珍しいスキー場だが、4月下旬から6月初旬だけの春スキーが楽しめるところだ。

枝折峠への道
枝折峠への道
枝折峠付近の道は狭く、通る人も少ない
枝折峠付近の道は狭く、通る人も少ない

枝折峠からの越後駒ヶ岳
枝折峠からの越後駒ヶ岳
越後駒ヶ岳への登山者は枝折峠から入山する
越後駒ヶ岳への登山者は枝折峠から入山する



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尾瀬檜枝岐温泉観光協会
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取材:2006年10月