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肥後街道大川と水郷の町柳川

ドライブライン

御花松濤園は柳川の名所 大川は江戸時代には肥後街道として人々の往来も多く、古くから渡船場や港として発達してきた。また家具の町として世界に誇る家具職人が活躍する町でもある。しかし、日本の歌謡界の大作曲家「古賀政男」が生まれた町でもあることは意外に知られていない。
一方、柳川は詩人「北原白秋」の生誕地であるということは周知の通り。
城下町柳川は、名所も多く、とくに明治以降、町を縦横に走る掘割に舟を出して遊ぶ「川遊び」が盛んに行われるようになり、現在は四季を通じた観光名物となっている。
かつての大川は久留米領と柳川は柳河領に分かれ、藩境界には藩境石の石列がいまも残り、この二つの町は、ともに由緒ある古い町並みを残している。


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ドライブライン

<コース>
久留米市−(九州自動車道)−八女IC−(国道442号線)−大川市−(国道208号線)−柳川市
行程 約50km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●大川の古い町並み

肥後街道にある緒方家。1600年頃に建てられたという
肥後街道にある緒方家。
1600年頃に建てられたという

阿蘇・九重山を源に大河となって流れ下る筑後川、やがて有明海に注ぐ河口にある大川柳川は、江戸時代肥後から肥前に至る肥後街道で結ばれていた。両者は距離にして約20km。柳川は掘割のある城下町として知られているが、大川の街道沿いには、現在も江戸時代から昭和初期にかけての質の高い伝統的建造物が並ぶ。
町の中心部を走る国道208号線の一本西に入ると、かつての肥後街道だ。

いまは狭い路地のような道だが、約4mの昔の街道幅で、白壁、黒瓦の重厚な屋敷や格式のある神社仏閣が建つ。多くはいまも個人の住宅だが、資料館として内部を公開している住宅もある。

●旧吉原家住宅(資料館)

この住宅は、柳河藩小保町の別当職を代々務め、後には藩池組の大庄屋となった吉原家の居宅である。広い敷地にすべて本黒瓦屋根の入母屋造りの母屋、一部2階建て切り妻造りの北角座敷、そして切り妻造りの南角座敷からなる建物で、九州では特に重要な民家で、国の重要文化財に指定されている。
文化9年(1812)には伊能忠敬の『測量日記』に、小保町別当吉原正右衛門家に止宿したことが記されている。
現在の建物は、文政8年(1825)当主吉原三郎左衛門三運により建築されたもの。後の天保年間(1830〜1844)に幕府から使わされた巡見使の宿泊のため、御成門の新造や納戸などの改造を行っている。

吉原家住宅
吉原家住宅
裏から見る吉原家住宅
裏から見る吉原家住宅

みどころは、大川木工職人の優れた技術や伝統を取り入れた欄間だ。“おさ回り小紋散らし”、“竹林透彫り”、上の間の化粧竹組の丸窓などの細部技法や太く厚い一枚板の梁や格式の高い式台玄関、その他、吉原家所蔵品が展示された土蔵など、年配の係員の案内で当時の贅を凝らした建築をゆっくり見学できる。
/入館料 無料、問い合わせ TEL 0944-86-8333

ケヤキの梁。下部は敷居が掘られている
ケヤキの梁。下部は敷居が掘られている
欄間は凝りに凝っている
欄間は凝りに凝っている

継ぎ目なしで延びる廊下の檜板は見事
継ぎ目なしで延びる廊下の檜板は見事
見事な化粧道具(中央は鏡)
見事な化粧道具(中央は鏡)

●藩境石

土蔵や古い木造の家並みの続く街道に、高さ50〜60cmの石が縦に並んでいるのを不思議に思い車を止めた。近くに説明版があった。いまでは同じ大川市だが、江戸時代は街道を挟んで東は久留米藩の榎津といい、西は柳河藩小保だった。その境界を示す珍しい石列であった。
近くには元和6年に創立されたという浄福寺、17世紀に創建された法泉寺や300年の歴史を持つ小保八幡神社などもある。まだ観光地化されていない建造物群をじっくり見て歩きたい。地元の人も親切で、昔の話を聞くことができる。
旧街道にある藩境の境石
旧街道にある藩境の境石
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/問い合わせ 大川教育委員会、TEL 0944-87-2101

●古賀政男記念館とメロディロード

大川は国民栄誉賞の作曲家「古賀政男」の生誕地。町の中心部から国道208号線、柳川方面へ1kmほど辿ったところに、記念館がある。昭和57年(1982)3月に偉業を称えて開館した。白亜の塔とト音記号のリレーフがあり、展示室には愛用のギターやマンドリンのほか、オーディオ装置で『古賀メロディ』を楽しむことができる。
明治37年(1904)11月生まれ。2年前には生誕100年記念行事が行われたという。『影を慕いて』、『酒は泪か溜息か』、『丘を越えて』など作曲した曲は3,000曲とも4,000曲ともいわれている。
隣接する生家は復元されたもので、実際にあった生家の場所は、記念館から国道を隔てたところにあり、「現在はあの電気屋の場所」だと近所の女性が教えてくれた。
/入館料 300円、TEL 0944-86-4133

古賀政男記念館
古賀政男記念館
ギターを持った古賀さんの像(記念館前)
ギターを持った古賀さんの像(記念館前)

移築された古賀邸。わら屋根だ
移築された古賀邸。わら屋根だ
保存されている古賀邸の内部
保存されている古賀邸の内部

町の中心部を流れる花宗川にはメロディロードという名の遊歩道がある。対岸の大川公園にかかる橋は「影を慕いて橋」とか「マンドリン橋」と古賀メロディにちなんだ名前が刻まれている。

花宗川にかかるマンドリン橋
花宗川にかかるマンドリン橋
影を慕いて橋
影を慕いて橋

●諸富(もろどみ)鉄橋

筑後川の河口、福岡県大川と佐賀県諸富町を結ぶ、全長570m、東洋一の可動鉄橋で昭和10年(1935)に完成し、昭和62年(1987)の旧国鉄・佐賀線の廃止までの約50年間活躍した。現在は遊歩道となっている。
大型船が通れる可動式のレール幅が24m、レールが上がった高さは23m、そして橋脚の深さは15〜18mとか。干満の差が激しい有明海では、掘削作業は困難を極めたという。諸富鉄橋は筑後川昇開橋の名称で、国の重要文化財に指定されている。
筑後川にかかる諸富鉄橋
筑後川にかかる諸富鉄橋
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●水郷・柳川

水に影を落として、小雨の中観光客はご満悦
水に影を落として、小雨の中観光客はご満悦
福岡県の観光名所の一つ。なまこ壁の家、土蔵や土壁の町並みを縫うように走る堀割で舟下りを楽しむ人々があふれていた。
この町中を縦横に走る堀割は慶長5年(1600)、柳河(柳川)の藩主田中吉政が居城とすると、城の防御のため、矢部川から水を引き、幾重にも堀をめぐらせたことから始まった。当時は物資の運搬や生活用水として利用されていた。明治に入ると、堀に舟を出して「船遊び」が行われるようになった。

今日のように観光舟下りが盛んになったのは、昭和29年(1954)映画『からたちの花』(北原白秋の少年時代を描いた作品)でロケが行われ「川遊び」が一躍有名になってから。こたつ舟もあり、四季を通しての観光名物となっている。
この日はあいにくの小雨模様だったが、満員の人を乗せたどの舟も客は白いビニール合羽を頭からからかぶり、じっと前を向いて坐っていた。まるでテルテル坊主の集団が舟に乗っているようだった。

●北原白秋生家

柳河藩御用達の海産物問屋であり、造り酒屋でもあった。明治34年(1901)白秋が16歳のとき火災のため大半を焼失したが、母屋だけは残った。白秋は東京へ出たあとも、「水郷柳川は我が詩歌の母体である」と生涯柳川を愛し想った。
白秋は名作詩とともに多くの童謡も世に出した。代表作「待ちぼうけ、待ちぼうけ、ある日、せっせと野良かせぎ〜」の碑も堀割の観光コースに作られている。
北原白秋の生家
北原白秋の生家

昭和44年(1969)残った母屋をもとに復元され、当時の暮らしが再現されたり、著書や遺品等を展示する記念館として生まれ変わった。生家の裏には昭和16年(1941)に作られた白秋最後の思郷の詩「帰去来」を刻んだ碑がある。
/入館料 400円、TEL 0944-72-6773

●御花松濤園

柳河藩の別邸として元禄10年(1697)に建造された建物と庭園。7千坪の敷地に「集景邸」という邸を構え、遊息の処とした。日本三景の一つである仙台の松島を模して造られた庭園は、水を引いた池に大小の小島を浮かべ、盆栽のように手入れされた緑の松が植えられている。松はすべて200〜300年の古木だ。池には冬は鴨などの野鳥の群れが訪れ、夏には御前能の舞台背景にもなる。国指定の名勝となっている。
集景邸では、この箱庭のような名園を眺めながら食事や茶などが楽しめるが、要予約とのことだった。正面の水郷側に“殿の蔵”がある。一見城壁のようだが、蔵造りでかつては殿様の遊具などが納められていた。一部は鎧兜、陣羽織、漆器など生活用品の展示場であり、半分はみやげもの屋になっていた。
隣接する洋館は、旧藩主立花家が明治45年(1912)建てたもの。現在は工事中だが、春には修理が完成し、レストランとして営業される。
/入園料 500円、TEL 0944-73-2189

御花松濤園は柳川の名所
御花松濤園は柳川の名所
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御花正面。佳き時代を偲ばせる
御花正面。佳き時代を偲ばせる
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藩主一族や客人は正面の建物から池を愛でた
藩主一族や客人は正面の建物から池を愛でた
左は蔵。御花を取り巻くように掘割がある
左は蔵。御花を取り巻くように掘割がある

●豊饒の海・有明海

筑後川の河口に位置する柳川は、堀割を下るとそこには有明海が広がる。干満差が6mもある有明湾の、潮が引いたあとに残される潟には、ひょうきんな姿が人気なムツゴロウをはじめ三角形をしたタイラギという二枚貝などが多く棲息している。
魚屋の店先を覗くと、初めて目にする魚や貝、蟹といった海の幸がところ狭しと箱やざるの中でうごめいている。有明海にしか棲息しないというアナゴに似たワラスボは、河口の泥の中に生きる魚で、退化したのか点のように小さな目をしていた。干物やみそ汁で食べるという。
魚屋の店先には豊かな有明の幸
魚屋の店先には豊かな有明の幸

有明海の珍味を食べさせる店も多い。また鰻やどじょう鍋も名物料理だ。沢山ある「うなぎ」料理店の一つで昼食をとった。ムツゴロウの蒲焼きがあるというので、注文した。だが、骨ばって堅く半分かじっただけでやめた。全国的に“柳川”で知られるどじょう鍋は、この柳川が発祥の地かと店の人に尋ねたら「そういう説もありますが、よくわかりません」という答えだった。

鰻屋さんも九代目になると老舗代表格
鰻屋さんも九代目になると老舗代表格
鰻と右は有明海名物のムツゴロウ
鰻と右は有明海名物のムツゴロウ



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大川観光・イベント
大川市による。エツや鰻など地元の食情報、ふるさとの風景、伝統工芸、観光文化施設などが見られる。
柳川市観光協会
柳川市の歴史や四季のイベント、川下りの案内、北原白秋などの文学スポットなどを紹介している。

取材:2007年1月