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琵琶湖と若狭湾(3)敦賀から若狭湾

ドライブライン

三方五湖 日本海に面した敦賀市は、遠く奈良時代から北陸地方の海運の玄関口として北は北海道、南は九州・沖縄まで、また海外貿易も盛んな港町として栄えた。明治のはじめ日本海側では一番早く鉄道が敷かれ多くの人と荷物で賑わった。そして戦国の世、織田信長、徳川家康、木下藤吉郎(豊臣秀吉)が一堂に会した金ヶ崎城がある。
現在では敦賀・美浜の2つの原子力発電所が、電力供給基地となっている。
松原と白浜から敦賀半島を越えて起伏に富んだ若狭湾沿いを小浜へと向かう道は絶景と海の幸を存分に楽しめる快適なドライブウェイだ。


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ドライブライン

<コース>
敦賀市−(県道33号線)−弁天崎−佐田−(国道27号線)−美浜町−レインボーライン−(県道213号線)−常神岬−田井−(国道162号線)−小浜市
全行程 約90km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●敦賀・気比神社

大宝2年(702)に創建された北陸の総鎮守。天保2年(1831)に建立された大鳥居は、木造では奈良の春日大社、広島の厳島大社と並んで日本三大鳥居といわれ、その高さが約11mもある。明治時代に国宝に指定され、現在では国の重要文化財となっている。
敦賀の地は往古より良質の水が豊富に湧き出ており、境内はその水脈の中心といわれ、大規模な「神水苑」が造られている。こうした湧き水は境内をめぐる水路となって流れている。
/TEL 0770-22-0794

木製では日本で3番目の気比神社の大鳥居
木製では日本で3番目の気比神社の大鳥居
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気比神社本殿
気比神社本殿

●金ヶ崎城跡

敦賀湾を望む高台に「太平記」に「かの城の有様、三方は海によって岸高く、巌なめらかなり」とある。この城がいかに天然の要塞地であったかを物語っている。
元亀元年(1570)4月、織田信長の朝倉義景討伐の折り、浅井氏が朝倉氏に寝返り、窮地に陥ったため、急遽総退却する信長を救ったのが、金ヶ崎城に残り殿(しんがり)を務めた木下藤吉郎(豊臣秀吉)であった。またこの殿の危機を救ったのは徳川家康である。
この城を舞台に戦国の世の命をかけた戦いと、後に天下人の命運を分けた三人の武将たちの気迫が迫ってくるようだ。
本丸跡からは天候がよければ越前海岸まで望むことができる。
金ヶ崎城跡
金ヶ崎城跡

●金崎宮

金ヶ崎城跡の古戦場あと
金ヶ崎城跡の古戦場あと
金ヶ崎城がある高台の中腹には南北朝時代、延元元年(1336)常良、尊良両親王を守護した新田義貞が足利軍と戦った古戦場跡がある。
そこには戦い敗れて自害した両親王が祭られている。
いまは桜の名所としても知られている。

城山の麓にある金崎宮
城山の麓にある金崎宮
大谷吉継の寄進した石灯籠
大谷吉継の寄進した石灯籠

●敦賀港駅ランプ小屋

敦賀港駅は新橋を発ち、欧州へ向かう基地だった
敦賀港駅は新橋を発ち、
欧州へ向かう基地だった

金崎宮の下、敦賀港に面した「敦賀港駅」は明治15年(1882)、日本海側で最初に鉄道が通ったときの港の荷物を直接扱った「金ヶ崎駅」だ。
その後、明治45年(1912)新橋〜金ヶ崎間に“欧亜国際連絡列車”が週3往復走るようになり、国際港として賑わった。
そのころの建物はほとんどなくなったが、小さなレンガ造りの「ランプ小屋」が残った。電気器具等が未発達だった当時、列車運行時に後方にその存在を知らせる光がカンテラだった。ランプ小屋はこうした油類を保管するための危険物倉庫だった。

周囲を建物や板で囲われているが、黒ずんだレンガの小さな小屋は、この地から遠く欧州やアジアへ旅立った明治の人々の姿を浮かべ、心を思う。
/問い合わせ 敦賀市観光協会 TEL 0770-22-8167

敦賀港駅のランプ小屋
敦賀港駅のランプ小屋
敦賀港には煉瓦造りの倉庫も残っていた
敦賀港には煉瓦造りの倉庫も残っていた
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●武田耕雲齊等の墓

1864年水戸の天狗党を率いる武田耕雲齊は、尊王攘夷を唱えて挙兵。朝廷に訴えようと京都へ上る途中幕府によって、ここ敦賀で捕らえられた。翌年2月から2ヶ月の間に353人が斬首されるという厳しい処刑をされた。道路をはさんだ松原神社境内には、一行が監禁されたニシン蔵が記念館として残されている。
茨城県水戸市の「常盤共有墓地」に天狗党烈士の墓石が374基あり、敦賀から移築されたニシン蔵もあった。
/問い合わせ 松原公民館 TEL 0770-23-8990

水戸天狗党の墓。左はリーダーの武田伊賀守
水戸天狗党の墓。
左はリーダーの武田伊賀守

水戸藩士の収容されたニシン蔵
水戸藩士の収容されたニシン蔵

●アクアトム

「海」とエネルギーをテーマにした科学施設。市の中心部にある高層の建物で、入館するとすぐ、まるで深海をゆっくり泳いでいるようなロボット魚シーラカンスが出迎えてくれる。最先端の科学について見る、触れる、感じることができる。また、海底都市を映像でバーチャル体験できる「アクアトムライド」など家族で遊べるところだ。
/入館無料、TEL 0120-89-3196

●敦賀の昆布

昆布というのは北海道のものと決め込んでいたが、敦賀には「昆布館」というところまであるほどだ。昔、北前船で敦賀に運ばれた昆布の多くは大阪に運ばれて、おぼろやとろろ昆布、塩昆布などに加工された。荷揚港となった敦賀港近くでも、昆布加工が盛んに行われた。
この老舗では、さまざまな製品のほか、利尻、礼文島で収穫される高級昆布を、昆布臭とぬめりをおさえ旨みを磨くために、昆布蔵で数年寝かせるという。だしとして、おかずとして、また主役としての昆布の奥の深さを教えてくれた。
北前船時代から昆布加工が続いている
北前船時代から昆布加工が続いている

●気比の松原

日本の三大松原(佐賀の虹の松原・静岡の三保の松原)に数えられている名勝。
約1,500mも緩やかに弧を描いて続く白浜と2万本近い赤松・黒松の浜辺は、夏には海水浴場として賑わい、民宿などに30人以上で参加予約すれば4月〜11月には観光地引き網が体験できる。

気比の松原
気比の松原
気比の松原公園入口
気比の松原公園入口

●若狭湾へ

遠くに美浜原発
遠くに美浜原発
敦賀半島の先端付近には敦賀湾側には「もんじゅ」、若狭湾側には美浜原子力発電所がある。その半島を横断する県道33号線は若狭湾へ出ると、海岸線は岩礁や小さな島の点在する景勝地が続く。
最初に若狭湾に出合うと、海に向かって小島が連なる弁天崎。半島の先端方面を見ると、無機質な美浜の原子炉があったが、透明度の高い青い海が広がっていた。

美浜の海岸は綺麗だ
美浜の海岸は綺麗だ

●若狭湾は魚の宝庫

この日は午後から雨。風光明媚な三方五湖へのドライブのため、翌日の好天を期待して美浜町で一つというビジネスホテルへ早めの宿をとった。
その夜、ホテルに併設する食堂では、魚はすべて地ものを食べさせてくれるというので、期待しながらのれんをくぐった。
中年の女性が経営し、自らが漁師の娘であり今も毎日港に出て魚を競り、近郊の料理店に卸す仕事もしているという。
「なんでも捕れるが冬は越前ガニや若狭フグ、あんこうなどだが、いま(初夏)はアジ、サヨリ、サバ、ブリもあるよ。でも珍しくて旨いものは『これ!エチオピアがよ』といって見せてくれた。地方で呼び名が異なり富山ではテツビンともいうとか。正式名はハマシマガツオだと教えてくれた。刺身で食べた。白身で油がのっていながらさっぱりとした味だ。

早瀬市場の競り
早瀬市場の競り
ハマシマ鰹。美浜での通称は何故かエチオピア
ハマシマ鰹。美浜での通称は
何故かエチオピア


「競りを見たい!」といったら「ああ、いいよ、8時まで早瀬港へきなさい」ということで、いつもより早めに起きて、車で10分ほどの早瀬港へ行った。
市場にはすでに人が集まり、水揚げされた魚の多くはまだ生きていて発泡スチロールの箱の中で跳ねていた。いか、たこ、さば、あじ、たいなど種類も多く、次々と競り落とされていく。この時期のブリは寒ブリの10分の1の値段だそうだが、結構旨い。
競りは1時間ほどで終了した。

●三方五湖

若狭湾を南にのびる三方断層にあたる古生代の山脈が沈降して形成された陥没湖といわれている。
五湖とは三方湖、水月湖、菅湖、久々子湖、日向湖の5つの湖の総称。淡水の三方湖のほか最大の湖、水月湖は深い海底から硫化水素が湧く海水と淡水が混じるなど、それぞれ異なる性質を持つことからこの名が付いた。
これら5つの湖の美しい景色を眺める有料道路全長11km(料金1,000円)のレインボーラインが走る。
三方五湖
三方五湖
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このラインの中程には大駐車場があり、これより海抜400mの梅丈岳山頂までリフトまたはケーブルカー(各500円)で2分ほどだ。山頂からは五湖と若狭湾が一望できる。

展望台からはいくつもの湖が見える
展望台からはいくつもの湖が見える
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三方五湖の観光道路
三方五湖の観光道路


●常神岬

若狭湾に突きだした常神半島へはレインボーラインを出た信号を右折、県道213号線は複雑に入り組んだ海岸線を忠実に曲がりくねって走る。海岸線の美しさもさることながら、半島を包み込むように原生林が生い茂る神秘的な雰囲気がただよう。やっとたどり着いた岬には旅館や民宿がひしめくように建ち並んでいたのは、少し驚きでもあった。
樹齢1300年のソテツがあるというので、探した。それは旅館の庭の片隅にあった。高さ6m、根元から分かれた8本の幹はそれなりの風格があったが、家々にはさまれて息苦しそうでもあった。国の天然記念物指定。

常神の漁村でアジの干物を作っていた
常神の漁村でアジの干物を作っていた
日本海側最北端の大ソテツ。旅館の裏庭にある
日本海側最北端の大ソテツ。
旅館の裏庭にある


岬からグラスボートが出ていると知り、あまりの海の水のきれいさに飛び乗った。だが、運悪く魚の姿はなく、最後に観光生け簀に入っている数匹のブリをみただけだった。相手が生き物だから運不運はつきものだろう。
岬はこれから釣りや海水浴客でいっぱいになるという。

常神岬
常神岬
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常神岬の観光船
常神岬の観光船



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ロマンチックつるが
敦賀観光協会による。歴史散策や温泉めぐり、見どころ紹介のほか、朝市や座禅体験の案内も見られる。
美浜町商工観光課
海水浴場やグルメ情報、観光スポットや文化財などを紹介。レインボーラインの案内もある。

取材:2005年6月