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富士山の見える峠と宿・伊豆編



富士山の見える範囲は意外に広く、1940年に地質学者辻村太郎が書いた『富士見十三州』によると、北は福島県から南は岐阜、三重、滋賀、そして日本海の富山、福井県まで19の都道府県から見えるという。この広い範囲の中から、富士山の見える峠を探し、その峠を結んでドライブしていきます。今回はその第2回目、伊豆編です。


世界的な異常気象のせいか、今年はすっきりと晴れた日が少なく富士山もその全容をなかなかを見せてくれない。そんな2月の下旬のある日珍しく朝から雲ひとつない日のこと、箱根から十国峠経由して伊豆スカイラインを南下、韮山峠・大仁町より国道136号線を西伊豆へと車を走らせた。
観光シーズンにはまだ早いいまの季節、行き交う車の数も少なく、絶好のドライブ日和。「雄大、崇高、清純、・・・・・・」と遠い昔から多くの文人たちに形容された富士の美しさを堪能した一日だった。


伊豆

東名高速厚木IC−小田原厚木有料道路(700円)−箱根新道(200円)−箱根峠−県道20号線で十国峠−熱海峠−伊豆スカイラインで韮山峠(600円)−大仁町−西伊豆スカイライン(350円)−戸田港−県道17号線で大瀬、西浦を経て沼津−東名高速で東京




●大観山


単純な山容でありながら、光や雪、霧、雲の織りなす富士山のさまざまな姿を見ようと、前日は小田原に宿をとり、翌朝箱根新道を一気に上る。この道は有料道路でありながら大型車が多い。平行して走る国道1号線は道が狭い上温泉旅館や民家があるため、大型車は新道を迂回路として利用しているとか。とくにカーブでは対向車には気をつけたい。
箱根峠の少し手前、大観山への標識につられてハンドルをきる。大観山からの富士の全容に思わず歓声を上げる。眼下に広がる芦ノ湖とともに、まさに一幅の名画である。ここから十国峠への県道20号線へはすぐだが、なんとほんの1kmばかりの距離に150円の通行料だった。大観山からの富士の眺め料なのか。国道1号線から箱根峠を経由すれば料金はかからない。

●伊豆スカイライン


大観山や十国峠からの雄大な富士(箱根編参照)の眺めを楽しんだあと、熱海峠から伊豆スカイラインへとコースをとる。ここから天城高原まで約40kmの有料道路。全コースで料金は1,000円だが、途中三ヶ所の料金所があり、そこから東伊豆、中伊豆、西伊豆方面へと出ることができるが、ルートをあらかじめしっかり決めておかないとそれぞれの料金を払うことにもなりかねないので注意しよう。

熱海峠の料金所を過ぎると再び右手に富士山の雄大な姿を見る。そして、左に大きくカーブすると右手遠くに駿河湾が、すでに春の気配のする明るい日差しの中で輝いていた。また熱海市や真鶴半島、初島、相模灘と、富士山のもと大パノラマが広がる。展望の良い場所には駐車場があり、その都度車を止めては自然の造形美にあらためて感動しながらのドライブだ。
それぞれの場所からそれぞれの趣のある富士の姿だがとくに玄岳付近からの富士のながめは一番。大きく左にカーブを描いた道筋の向こうに、裾野を広げた真っ白い富士の嶺がひときわ美しく聳え立つ。
このコースは熱海から十国峠へと抜ける逆コースをとるか、Uターンして往復するのも良いかも知れない。

●韮山峠から大仁町へ

韮山峠料金所から急カーブの連続の富士見パークウェイ(400円)には途中富士山を眺めながら家族で遊べる総合レジャーランド“伊豆富士見ランド”がある。そのまま下ればJR韮山駅を見て国道136号線へと出る。そして伊豆長岡駅を過ぎたあたりから民家の屋根越しにビックリするほど大きな富士山が見える。国道は狩野川に沿って大仁町へ。
ちょっと国道をそれて大仁温泉、「大仁ホテル」へ寄り道。看板に従って狭い道を上ると、ホテルの玄関へ。ロビーへ一歩足を踏み入れると、よく手入れされた日本庭園の向こうに富士山が広がっていた。思わず息を飲むほど、それは見事な富士である。一杯のコーヒーを注文しても眺める価値はある。

●西伊豆スカイライン

大仁町から約10kmで国道414号線通称「下田街道」と分かれて国道136号線は西伊豆へと続く。

船原川沿いにわずかだが道は上りとなり、まもなく船原温泉の旅館の軒を通り過ぎるころ、少し遅めの昼食をとる。ここ船原温泉には、美味しいといわれる手打ちの「うどん」と「そば」屋がある。

うどんは上州の手打ちうどんで、その店の名も「上州屋」。イカの刺し身のような透き通り、歯ごたえがあってツルンとした喉ごしが 評判といい、ざる、釜揚げが800円。
TEL 0558-87-0657

だが、伊豆で上州という名前よりはと、手打ちそば専門店の「亀屋」を選んだ。


亀屋は昔の庄屋を移築したという建物で、畳座敷に当時使われていた家具や調度品が置かれ、雰囲気だけでもなんだかそばの味が良さそうに思えてくる。名物は自分でおろす生ワサビ付きざるそばで天ぷら、とろろ、そば羊羹にご飯が付く“わび助そば”1,700円。その他、かけそば1,000円。これは太い手打ちそばにしいたけ、白菜、わらび。天かす、トマトなどが付く。味は濃い目だが、雰囲気サービスと共に、なかなかのものだった。
TEL 0558-87-0270

船原温泉からさらに西へ走ると間もなく西伊豆スカイラインへの標識に沿って急な坂道を右折、料金所(350円)を過ぎると道はカーブを描きながら高度をあげていく。このスカイラインは7kmと距離は短いが交通量は少なく眺めのよいことでは抜群だ。

最初の展望台である土肥駐車場からは戸田港と駿河湾が一望できる。そして尾根伝いの道を辿と正面に南アルプスを背に威風堂々と聳える 富士の山。ここは小土肥駐車場だ。それでももっと富士の全容を見たいと言う人には、ここから歩いて15分ほどの達磨山(標高982m)に登ることを薦める。

西伊豆スカイラインの終点戸田峠は戸田港と修善寺を結ぶ県道18号線の分かれ道でもある。ここから戸田へ向かう県道18号線は急坂、急カーブの連続スピードと対向車には注意をして走りたい。

●戸田港

安政元年(1854)日露和親条約交渉のため下田沖に停泊していたロシアの軍艦ディアナ号が安政の地震の津波で大破し、修理のため戸田へ曳航中この沖合いで沈没した。戸田村民はロシア人乗組員を助け、彼らに西洋帆船の造船技術を学んだ。日本の造船技術の発祥の地ともいえるところ。この戸田港を抱くように弧を描いて延びる御浜岬からは富士山がまるで海に浮かんでいるように見える。

壱の湯・温泉スタンドという戸田村には旅の汗を流す温泉がある。戸田大川沿いにある村営の共同浴場で、泉質はナトリウム・カルシウム硫酸塩類泉。休憩室付きの日帰り温泉だ。外には温泉スタンドがあり、200リットルが100円。温泉やぐらからは飲用の温泉も流れている。
入浴料300円/TEL 0558-94-4149

●富士見ドライブ

戸田村から北上する県道17号線はアップダウンの曲がりくねった狭い道が続く。一見いやそうな道だが、井田トンネルを過ぎて間もなく、行手に突然富士の姿をみる。車が5台ほどしか止められない小さな展望台はすでに満員だ。日も傾いた午後4時、茜色に染まる富士を期待して、大瀬から沼津へと急いで車を駆る。この間約20km。水のきれいな大瀬、西浦の海岸はマリンスポーツの盛んなところ。夏のシーズンは込み合う海岸線も、いまはひっそりとした漁村の雰囲気が漂う。ミラーのないカーブが多いので、充分注意しながらハンドルをきる。駿河湾をはさんで仰ぐ富士山をお供にのんびりドライブ。夕日に紅く染まる富士を待ったが、残念なことに富士は何時の間にか夕暮れのモヤの中に消えていった。



富士山の見える宿

●伊豆

大仁ホテル
大仁町の高台に建つ7階のレンガ風のリゾートホテル。雄大な富士山とさし向かい。客室は129、その半数の部屋から霊峰富士が望める。
利用するときは「富士の見える部屋」を指定したい。料金は同じだ。24時間入浴可能な大浴場と露天風呂で心ゆくまで富士山を眺めたい。とくに月夜に浮かぶ富士の美しさは格別だ。
一泊二食付き23,000円〜/TEL 0558-76-1111

国民宿舎・伊豆戸田荘
戸田港を包むように張り出した御浜岬、その岬への道筋の高台にある。客室は20室。内富士山の見える部屋は15室。予約の時リクエストしよう。富士の眺めは伊豆随一と自慢するだけあって、三階の展望風呂からの富士山の眺めもバッチリだ。ただし、公共の宿だから、それなりの制約もあり、入浴時間も午後8時までというのがちょっと残念でもある。
一泊二食付き6,500円〜/TEL 0558-94-2301

旅館・はまゆう荘
大瀬崎にあり、シーズン中のお客のほとんどがダイバーだ。なにしろここはダイビングのメッカで年間5万人ものダイバーたちが訪れるところ。部屋数30。別館の6室がバス・トイレ付き。全室から富士山を仰ぐ最高のロケーションに建つ宿だ。伊豆の宿はどこも駿河湾の新鮮な魚料理が自慢だ。総ガラス張りのレストランで、暮れゆく富士、その移り変わる色彩のもと、とりたての魚介をほおばるとは、なんと幸せなことか。
一泊二食付き8,500円〜/TEL 0559-42-2423


伊豆半島の観光案内
伊豆半島全域をカバーしている。公共浴場・露天風呂、美術館・博物館の情報が分かりやすく整理されている。町ごとの情報もある。
西伊豆町
西伊豆町のホームページ。歴史や文化財の紹介から観光案内、風景写真館など。ユニークなところでは露天風呂情報がある。
izu−wave
イベント、観光情報のほか、伊豆急線の時刻表・料金表が見られる。

取材:1998年2月