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四国西部ドライブ(2)
レトロの町・内子と大洲から佐田岬

ドライブライン

佐田岬と豊予海峡 江戸後期から明治時代にかけて、和紙や木蝋の生産で栄え、かつての商家や町家がいまも軒を連ねる町内子。その隣り町の大洲は、城下で商いの町として繁栄、町を2分するように流れる肱川は、夏には四国で唯一の「鵜飼い」が行われる。
ともに古い町並みをいまに残す南愛媛の町。そこから豊後水道に細長く突き出た佐田岬へ旨い魚を求めて往復した。


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ドライブライン

<コース>
松山市−(国道379号線)−砥部−(県道53号線)−伊予大平−(国道56号線)−内子町−大洲町−(国道197号線)−八幡浜−三崎町−(県道256号線)−佐田岬−八幡浜
全行程 約230km

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●焼物の里・砥部

松山市から砥部には国道379号線で約10km。砥部の盆地は、地名が示すように砥石の産地であり、山裾の傾斜が窯の立地に適していたこと、燃料となる木材が豊富だったことから、すでに6〜7世紀ころの窯跡も見つかっている。

伊予大洲藩の領地だった江戸時代、「砥石」は藩の重要な産物だったが、採取のときに出る「砥石の屑」を利用したのが磁器、砥部焼のはじまりだという。
やや厚手の白磁に呉須(中近東産出のコバルトを含む石の粉)を含んだ絵筆を豪快に走らせ、大柄の草花を描き出す。しっかりとした厚みのある白磁は暮らしの器として親しまれている。砥部には100以上ともいわれる窯元がある。
砥部焼
砥部焼

●内子

大洲藩の領地だった内子は古くから遍路道や金比羅参りの旧街道の宿場町であった。江戸から明治、大正時代にかけて建てられた白壁の商家や民家、なまこ壁の土蔵などが約650mに渡り残されている。とくに江戸後期から明治にかけて和紙や木蝋で栄え、その経済力を誇った建築物など見るところは多い。
JR内子駅近くには金比羅旧街道の名残を伝える金比羅灯籠が立つ。そこから小田川の支流である郷之谷川に架かる橋のすぐ先には大正時代に建築され修理復元された芝居小屋「内子座」に出る。
さらに伊予銀行の十字路を過ぎると、重要伝統的建造物保存地区に指定された八日市・護国の町並み地区だ。
白漆喰の商家、なまこ壁の土蔵や格子窓が続く長い通りは、さながら江戸時代にタイムスリップしたようだ。

内子への379号線で見かけた屋根の付いた橋
内子への379号線で見かけた
屋根の付いた橋
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内子の家並み
内子の家並み

●大村家

なかでも最も古い家で寛政年間(1789〜1801)建築の商家。内子町の重要文化財に指定されているが、内部は未公開だ。
だが、近くに同じ寛政年間に建てられた町家を修復した「町家資料館」がある。当時の生活用具などと一緒に公開されている。
/入館 無料、TEL 0893-44-2118
大村家住宅の縁側ではネコが居眠り
大村家住宅の縁側ではネコが居眠り

●本芳我家住宅

江戸時代後期から製蝋業を営み、財をなした芳我(はが)家の主家。重要文化財の指定を受け、平成15年(2003)から2年間に保存修理工事が行われ、昭和初期の姿に復元された。現在は一部が子孫の住居となっているため、公開はされていない。
庭に通じる門が開かれていて、豪壮な建築をかいま見ることができる。大きな屋敷の屋根の下、白漆喰に塗られた壁に「コテ絵」(漆喰をコテで仕上げた彫刻)が掲げられ、当時の豊かさを誇っていた。

本芳我家(上芳我家の本家)こちらも蝋造り
本芳我家(上芳我家の本家)こちらも蝋造り
どっしりした構えの本芳我家
どっしりした構えの本芳我家

コテ絵
コテ絵の龍
コテ絵の龍
コテ絵
コテ絵
コテ絵

●木蝋資料館・上芳我邸

本芳我家の分家で、同じ木蝋製造で財をなした。明治27年(1894)に建てられたもので、広い敷地に主家をはじめ、蝋を造る作業所や倉庫などが建ち並ぶ。通りに面した、なまこ壁の土蔵から平等院風の座敷飾りを備えた主家、中庭を縁側とした仕舞部屋と各部屋は母屋の回廊で行き来できるようになっている。建物及び敷地を含み、国の重要文化財に指定されている。
屋敷内部には蝋の生産工程から製品(植物製の油から作る、ろうそくから口紅、クリームといった化粧品まで)展示されている。
/入館料 400円、TEL 0893-44-2771
蝋造りで財をなした上芳我家
蝋造りで財をなした上芳我家
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●大森和蝋燭屋

内子で200年以上も続く老舗の和蝋燭屋。手作りのさまざまなろうそくを並べた店内の奥で、6代目だというまだ若い主人がろうそくを作っていた。芯に木蝋を繰り返し塗って作る伝統の技法だ。
/TEL 0893-43-0385
和ろうそくを作り続ける大森和蝋燭屋
和ろうそくを作り続ける大森和蝋燭屋
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●高昌寺

伊予の永平寺と呼ばれる名刹で、その歴史は560年とか。境内には日中交流促進のため、中国の敦煌莫高窟涅槃像を模擬した、日本一という石像涅槃を建立。違和感があったが、いつの時代でもこうしていつか歴史的なものとして、崇められるのかもしれない。
違和感といえば、寺の奥に真新しい黒瓦の巨大な日本家屋の数棟だった。町の人に尋ねると「皆さん驚かれますが、あれは市営住宅です」という。近くにはいま建築中の黒瓦屋根、木造平屋住宅が数棟あり「あれは中学校です」と町の人は溜息をついた。伝統的建造物の町づくりの一環かもしれないが、今いわれている地方財政の問題が頭をよぎる。

高昌寺
高昌寺
町指定の重要文化財と学校帰りの子供たち
町指定の重要文化財と学校帰りの子供たち

●大洲

愛媛県一の清流といわれる肱川のほとりの小高い丘の上に建つ大洲城を見上げる城下町だ。町の南、肱川沿いにある旧市街には、今も江戸から明治にかけての家並みが残り、当時の面影をみることができる。また50年前からはじまったという肱川の「鵜飼い」は、四国では唯一ここ大洲だけという。

●大洲城

肱川の南にある大洲天守閣は平成16年(2004)に復元された。鎌倉時代末期に伊予国守護職であった宇都宮豊房によって築かれたのがはじまりという。その後藤堂高虎によって城郭が整備され、廃藩までは大洲藩加藤家13代の居城であった。木造4層4階の天守からは大洲の町が一望できる。
/拝観料 500円、TEL 0839-24-1164
大洲城
大洲城

●おおず赤煉瓦館

肱川の土手沿いの狭い道筋に明治34年(1901)に建築された大洲商業銀行の赤レンガの建物がある。1階は特産品の展示場、2階はギャラリーとなっている。
/入館料 200円、TEL 0893-24-1281
元銀行、今は物産品が置かれる煉瓦造り
元銀行、今は物産品が置かれる煉瓦造り

●おはなはん通り

明治から大正にかけて建てられた漆喰壁やなまこ壁の商家が並んでいる。昭和41年(1966)に放映されたNHKの朝の連続テレビ小説「おはなはん」の舞台になったことから、この通りに名が付いた。しかし、もう40年もの前の話、ロケの様子を写した写真などが展示されているところなどもあったが、このテレビ小説を知る人も少なくなったはず。それでもこうして「おはなはん」が地元で生きていることに驚かされた。

おはなはん通り
おはなはん通り
休憩所もあった
休憩所もあった

●臥龍山荘

肱川のほとりに文禄の昔に渡辺勧兵衛という人物が造った庭園で、幕末までは歴代藩主の遊賞地だったが、明治30年代(1897〜)貿易商河内寅次郎氏が4年の歳月と、延べ9,000人の人手を要し、この3,000坪の山荘庭園建築を築いた。素朴で清楚な「霞月の間」、書院座敷「壱是の間」や肱川の流れを見下ろす「不老庵」や自然を巧みに借景した河川庭園など、訪れる人に心に安らぎを与えてくれる。
/観覧料 500円、TEL 0893-24-3759

臥龍山荘
臥龍山荘
肱川を見下ろす臥龍山荘「不老庵」
肘川を見下ろす臥龍山荘「不老庵」
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●肱川の鵜飼い

昭和32年(1957)にはじまった肱川の観光鵜飼いは今年でちょうど50年目。6月1日の鮎の解禁とともに今夏もかがり火のもと鵜匠の手綱が川面に映える。夕闇が迫るころ、この鵜飼いの様子を見る観光遊覧船が何十隻も出て川を埋めるのだと、岸で夜を待つ鵜匠の話。
遊覧船は10人乗り貸し切りが2万5,000円で、乗り合い船もあり、ひとり3,000円。船上での料理は幕の内弁当で2,500円から。船上での鮎料理はないそうだ。
/大洲観光協会、TEL 0893-24-2664
四国の鵜飼いは大洲だけ
四国の鵜飼いは大洲だけ

●佐田岬

豊後水道に細長く突き出た半島で、その付け根の町、八幡浜から往復約100kmもある。
国道197号線が佐賀を結ぶフェリーが発着する三崎港で終わり、そこからは県道256号線が先端の佐田岬まで通じている。

佐田岬への道
佐田岬への道
佐田岬と豊予海峡
佐田岬と豊予海峡

風力発電の風車が並ぶ
風力発電の風車が並ぶ
磯には岩が並ぶ
磯には岩が並ぶ

おさかなロード八幡浜と呼ばれ、釣り人には知られるところ。生け簀釣りと外釣りが楽しめる。釣った魚は買い取りとなるが、夏は家族連れで賑わう。ここより先、国道197号線はメロディラインと呼ばれ、絶好のドライブウェイが続く。
右手に伊予灘、左に宇和海、半島の背骨とも言える山沿いには11基の白い風車がゆっくり回る。
「道の駅・瀬戸農業公園」周辺は半島が一番狭まったところ。両側の海がみわたせる。この道の駅から、急な斜面を宇和海側に下り旧道を三崎港へ辿った。途中、小さな入り江を囲むように集落が点在する。今はしらす漁の季節、浜では蒸して干す作業をしていた。特別な観光地でもないが、民宿やキャンプ場などもあった。夏は海水浴で賑わうという浜もあるそうだ。

三崎町には国指定の天然記念物、アコウの大木がある
三崎町には国指定の天然記念物、
アコウの大木がある

漁村にはシラス工場もあった
漁村にはシラス工場もあった

三崎港より岬への道幅は狭くなり、対向車とのすれ違いには十分注意が必要だ。その上、岬にある駐車場は地滑りのため、使用禁止。狭い道の脇に縦列駐車しているため、混雑する夏に駐車は無理だ。岬の灯台にはこれより徒歩2km。

漁村を繋ぐ旧道
漁村を繋ぐ旧道
旧道は狭い道だが情緒もある
旧道は狭い道だが情緒もある

●佐田岬物産センター・三崎漁師物語り

三崎漁業協同組合直営のレストラン。入るとすぐに目についたのが「何と名乗ろとええじゃないか」というポスターだった。
ここは、九州の佐賀関とは同じ豊後水道(豊予海峡)を隔て30kmにも満たない距離にある。同じ海で捕れるアジとサバだが、三崎では「岬(はな)アジ・サバ」という。
「一本釣りで岬に揚がると岬(はな)アジ・岬サバ」「佐賀関に揚がるは関アジ・関サバ」とポスターのコピーは続く。
日本人のブランド志向を皮肉っているのが面白い。岬(はな)アジ・サバとも、もちろん旨かった。
/TEL 0894-56-0860

三崎漁協のドライブイン。魚が豊富
三崎漁協のドライブイン。魚が豊富
三崎漁協のポスター
三崎漁協のポスター
岬(はな)サバ=左、と岬アジ=右
岬(はな)サバ=左、と岬アジ=右



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内子町観光協会
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佐田岬の休日
佐田岬を構成する八幡浜市と伊方町の見る・遊ぶ・泊まるなどを紹介。釣りポイント情報もある。

取材:2007年5月