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彩甲斐街道と秩父巡礼の旅(2)

ドライブライン

秩父華厳の滝 秩父市を貫く国道140号線、かつての秩父往還周辺には秩父三十四ヶ所の札所がある。春から秋にかけて、この札所巡りの人々で秩父市は活気づき、12月の“秩父の夜祭り”で最高潮に達した秩父盆地はそれから厳しく、長い冬を迎える。再びめぐった春、各地からの巡礼者がやってくる。

秩父に札所が開かれたのは文歴元年(1234)性空上人と13人の僧が秩父霊場を巡拝し、札所を設けたといわれている。もとは観音経で説く、観世音の三十三化身にもとづいて、三十三ヶ所札所だったが、「西国・坂東・秩父」と合わせて九十九ヶ所では語呂が悪いので秩父一ヶ所を加え「百観音参り」としたからだ。江戸時代の泰平な世に「西国・坂東・秩父百観音参り」が盛んになり、全国から巡礼者が集まるようになった。
札所三十四ヶ所をめぐる距離は約100km。一番から回るという決まりもないので、前回で終わった「大滝温泉」から国道140号線沿いの30番寺、法雲寺からはじめることにした。

三十四ヶ所をすべてめぐるには、徒歩の場合約1週間、車でも2〜3日だ。今回は1日半で、札所14ヶ所を巡った。また残りの20の札所はJR秩父線「秩父駅」及び西武鉄道「お花畑駅」周辺に集中してあるので今回は主に徒歩では遠いこと、また特徴のある札所ということで14ヶ所を選んだ。
札所巡りといえば、仏様の世界や心の修行などといったものばかりではない。古い建築物としての寺、芸術美術の壁画や彫刻、また年輪を刻んだ樹木や苔むした石、湧き水、そして静寂など癒しの空間として楽しみながら訪ねる歩く人も多い。若い人の姿も多いのもうなずける。


サムネイル1 サムネイル2 サムネイル3 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

<コース>
法雲寺(30番)−法性寺(32番)−観音寺(31番)−菊水寺(33番)−水潜寺(34番)−龍石寺(19番)−岩之上堂(20番)−童子堂(22番)−音楽寺(23番)−橋立堂(28番)−四萬部寺(1番)−真福寺(2番)−常泉寺(3番)−金昌寺(4番)
全行程 約100km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●札所三十番 法雲寺

正確には瑞龍山 法雲寺という。JR秩父線の終点三峰口より一つ手前、荒川村白久駅の南にある。昔懐かしい山あいの小さな白久駅前の山の中にある。
平安のころ、深谷山に安置されていた観音様を鎌倉時代に法雲寺が開創したのに伴ってこの地に遷された。本尊の如意輪は楊貴妃観音といわれ、鎌倉建長寺の禅師が唐より持ち帰った仏像といわれている。観音堂の建物は、二十番札所岩之上寺の次に古い。
境内とその周囲は静寂さに包まれ、4月下旬から6月いっぱいにかけて、つつじ、ふじ、さつき、あじさいの花々に彩られ、花の寺として訪れる人の心を和ませる。

静かな山間の法雲寺
静かな山間の法雲寺
巡礼路には古い鉱泉宿もある
巡礼路には古い鉱泉宿もある

●札所三十二番 法性寺

「般若山 法性寺」駐車場から二階建ての山門をくぐり境内を上っていくと木立の中に観音堂を見る。
あるとき、川で溺れそうになった娘に、どこからか笠をかぶった女性が一人乗った一艘の舟が近づき娘を助けた。助けた女性は法性寺本尊の化身だったという。
行基菩薩作といわれる本尊は、冠の上に笠をかぶり舟を漕いでいるという、珍しい観音像だ。
本堂から見上げる奥の院の観音像や大日如来像への道は、険しい岩場だ。秩父の遅い春、まだ雪の残る岩場は危険でとても怖かったと下山してきた若い巡礼者がいった。観音像に手をあわせながら、眺める山々の美しさを語る若者は「心の病からの解放を願って、徒歩で巡礼の旅をしているのだ」といって次の寺へと向かった。
法性寺は背後に険しい修行の岩山がある
法性寺は背後に険しい
修行の岩山がある
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●札所三十一番 観音院

「鷲窟山 観音院」はいきなり296段の石段がはじまる。だが、歩幅はゆるく曲がりくねったり踊り場があったり、札所巡り講とおぼしき人々が詠み刻んだ俳句や和歌の石碑が建ち並ぶ変化のある石段だ。
年代の幅広い俳句や和歌は、戦地に送られた夫や息子を思う心や、現代の思想や遊びなどが詠まれたものが多く、これらの文字を追ういちに観音堂の前に立つ。安置される聖観音像は鎌倉時代初期に、この地で鷲の巣を見つけた畠山重忠という人物が、何度矢を射っても矢が跳ね返された。不思議に思って巣を見たら、平安時代将門の乱で所在不明になっていた聖観音像がそこにあったという。重忠はここに堂を建て聖観音像を安置したという。

長い石段は、石段そのものも供養の対象
長い石段は、石段そのものも供養の対象
山頂近く、お堂の横に細い滝が落ちている
山頂近く、お堂の横に細い滝が落ちている

観音堂裏手には巨大な岩の上から滝が落ちていた。一筋の滝は水量こそ少ないが息を切らせて石段を登り着いた人々の心を洗う。滝は「聖淨の滝」と呼ばれ、まさにマイナスイオン効果抜群だ。
この滝左側の岩肌には弘法大師が一夜にして彫り上げたといわれる「爪彫り千体仏」がある。高さ18センチの坐像と立像で、地中にも数段の磨崖仏が残っているという。岩が風化しているので注意してみないと見落としそうだ。室町時代の制作と推定されている。
また崖の上には仏像群があり、そこへは、岩肌に打ち込まれた鎖伝いに登り、体内くぐり岩を抜けなければならない。だが、残念なことに岩の崩壊がひどく、現在は修復工事中だ。

観音院の鷲窟磨崖仏。1体の高さ約18センチ
観音院の鷲窟磨崖仏。1体の高さ約18センチ
観音院は突き出た岩の下に多くの石仏がある
観音院は突き出た岩の下に多くの石仏がある

●札所三十三番 菊水寺

「延命山 菊水寺」。観音院から国道299号線を秩父市街方面へもどりながら、左を注意していると、エッソのガソリンスタンド横を左へ。畑の中民家が点在する意外なところにポツンとあった。

菊水寺
菊水寺
その昔、本寺の近くに8人の盗賊が住み悪事をはたらいていた。ある日、そこへ旅の僧が通りかかると、いつものように物品を剥ぎ取ろうしたら、盗賊たちは金縛りにあってその場で身動きができなくなった。「罪は重いが悔い改めるなら」といって僧は3つの観音像を与えた。8人は観音像を安置して仏の道に励んだという。
境内には、埼玉県最古の句碑である「寒菊や粉糠のかかる臼の端」の松尾芭蕉の句碑がある。

●札所三十四番 水潜寺

「日沢山 水潜寺」は札所巡りの最後の寺だ。徒歩での巡礼路からすれば秩父市街のはずれにある。だが、国道をはさんで北と南側に分けるように車で行くと順番通りは効率が悪い。めぐる順番はとくに決まりはないということなので、最終寺へと向かった。
駐車場からわずかに登る参道には三十三観音がずらりと並んでいる。また西国、坂東、秩父の百霊場の砂を1ヶ所に集めた場所がある。そこには足型があり、それを踏んで拝むと百霊場の功徳が得られるとか。
平安時代、干ばつに苦しんだ村人の前に旅の僧が現れ観音信仰を説いた。そして木札に「樹甘露法雨」と記し、地に立てた。すると瞬く間に雨が降ったという。
木札をたてたところが、巡礼道の峠“立て札峠”、祈った場所がこの水潜寺のはじまり。本殿の裏の岩場には水の流れる洞窟があり、這って辿ると約8メートルほどで上部に出られる。木立に囲まれた深い山の奥にあったこの寺も、近くに自動車道が走る。

水潜寺には洞窟を這って抜けられる水の流れる洞窟がある
水潜寺には洞窟を這って抜けられる
水の流れる洞窟がある

滝への標識
滝への標識
秩父華厳の滝
秩父華厳の滝
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●札所十九番 龍石寺

龍石寺。大きな岩盤の上にある。岩之上寺と対をなす
龍石寺。大きな岩盤の上にある。
岩之上寺と対をなす

「飛淵山 龍石寺」。弘法大師が刻んだ千手観音が龍を退治してくれたことにちなんで御堂が建てられ、その千手観音を安置したことが寺のはじまり。または岩石の間から龍が立ち上がり雨を降らせたことから、龍石寺と呼ばれるようになったとか。
確かなことはわからないが、寺自体が巨大な水成岩の上に立てられ三十四札所で、最も古い建物といわれている。本尊の千手観音は「魔除け観音」として知られ、1月18日には縁日として多くの人が訪れる。だが、寺の周囲は開発され、樹木は切られ裸の御堂の隣りには鉄筋の市営住宅が並ぶ。

●札所二十番 岩之上堂

「法王山 岩之上堂」。荒川を国道299号線秩父橋で隔てたところにあり、昔は、願上寺といわれ大伽藍の寺だったが、兵乱によって焼失し、その後、観音堂が建てられた。本尊の聖観音像は藤原時代の作といわれている。
現在は道路から階段を下りて御堂へと裏から辿るしかない。入り口は御堂の横からだ。かつては向かいの龍石寺と荒川を渡し船で結ばれていたので、御堂の正面は荒川を見下ろしていた。巡礼者たちが船着場へと行き来した石段は自然の岩を削った物で、江戸時代のままだと、住職が教えてくれた。
ここも寺の名のごとく対岸の龍石寺同様、一つの水成岩の上に建つ。龍石堂と並んで札所の中では古い建物だ。その岩の僅かな隙間から絶えることなく清水が流れていた。荒川を前にし樹木に覆われた静かな霊場だが、周辺の開発をしきりに嘆く住職の言葉が心にしみた。

川からお参りした岩之上堂。今は裏からしか入れない
川からお参りした岩之上堂。
今は裏からしか入れない

岩之上堂の川に続く石段。岩を削って作られている
岩之上堂の川に続く石段。
岩を削って作られている


●札所二十二番 童子堂

「華台山 童子堂」。寺の正式名は「栄福寺」。子供にまつわる伝説が多いことから、いまは童子堂と呼ばれている。
昔、讃州(香川県)に住む金持ちの農家の主人が飢えた旅の僧に食事をあたえずにいたら息子は犬に変えられてしまった。罪を悔やんだ主人は、四国。西国、坂東そして秩父のこの寺に辿り着いたとき、息子が人間に戻れたと伝えられている。
参道入り口の童顔の地蔵尊やユーモラスな仁王像がある。見慣れない仁王像に思わず吹き出した。
童子堂の仁王様は「阿」も「吽」も庶民的な顔
童子堂の仁王様は「阿」も「吽」も
庶民的な顔


●札所二十三番 音楽寺

「松風山 音楽寺」。歴史は天長年間(824〜834)に遡るが、音楽寺の名は松の梢を吹く風の音、または秩父札所随一の梵鐘の音色からとか説は不明。
最近は、音楽を志す人、新人歌手など歌がヒットするようにと祈願に訪れることで知られている。高台にある境内は正面に武甲山、眼下に秩父市街を望む絶好のビューポイントだ。

武甲山と秩父市街。セメントの原料に削られ山容がかわった
武甲山と秩父市街。
セメントの原料に削られ山容がかわった
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音楽寺。歌手志願の若者も訪れる
音楽寺。歌手志願の若者も訪れる

●札所二十八番 橋立堂

「石龍山 橋立堂」。弘法大師が柚の老木を刻み馬頭観音をここに安置したことがはじまり。
背後は巨大な岩が絶壁をなし、覆い被さるように観音堂を包む。思わず尻込みしたくなるような迫力だ。
馬頭観音を本尊としているのは西国、坂東、秩父の百観音霊場のうちでは西国の二十九番松尾寺だけ。
納経所の脇には橋立鍾乳洞がある。シーズン中は全長200mの内部を見学する事ができる。
観音堂。岩蔭遺跡、鍾乳洞もある
観音堂。岩蔭遺跡、鍾乳洞もある

●札所一番 四萬部寺

「誦経山 四萬部寺(しまぶじ)」。歴史は遠く奈良時代、行基菩薩という僧が秩父の地で苦行錬行していたとき、栃樹の上に聖観音菩薩があらわれ行基はお告げの通り観音像を彫って、岩窟に納めた。その後、性空上人の弟子が上人の遺命を受けて秩父に赴き、四万部の教典を読経し経塚を築いたとされているところから四萬部寺という名がついた。
毎年8月24日、四萬部寺では、関東一の大施鬼餓会(だいせがきかい)が行われる。
470余年の伝統がある。秩父地方の僧が宗派を問わずあつまり、施食殿(せじきでん)での供養が行われる。
巡礼の旅支度はこの1番の納経所で整えることができる。また札所1番の寺の通りには巡拝に訪れる人々の宿が並ぶ。

札所一番の四萬部寺
札所一番の四萬部寺
一番寺の前にあるその名も、旅籠一番
一番寺の前にあるその名も、旅籠一番

●札所二番 真福寺

「大棚山 真福寺」。畑の中の狭い道の中に巡礼路を示す石籠や小さな道しるべを頼りに、もう陽も落ちかけた道を急ぐ。
「嫉妬に狂い、鬼となって苦しんでいる。どうぞ仏に帰依させて下さい」と願った老女を哀れんだ禅師は供養のため御堂を建て、聖観世音を刻み、老婆が残した竹の杖が寺宝となっている。本尊は室町時代の作といわれる一本造りの聖観世音菩薩立像で安置する本堂は銅葺き屋根の素朴なもの。かつては山寺として樹木の中にあったものだろう。周囲には民家や畑が広がり、御堂に続く参道がない。
この寺は三十三ヶ所制のころは番付になく、三十四ヶ所目に加えられたところである。

辻には昔からの道しるべもあった
辻には昔からの道しるべもあった
真福寺は山間にひっそりとあった
真福寺は山間にひっそりとあった

●札所三番 常泉寺

常泉寺は三番札所。高台に観音堂がある
常泉寺は三番札所。高台に観音堂がある
「岩本山 常泉寺」。この寺の住職が重い病に苦しんでいるとき、枕元に観世音が現れ「この寺には万病に効く泉水がある。これを服せよ」とのお告げがあった。住職の病はたちどころに治り、これを村人たちにも伝えた。
観音堂は、建築彫刻として繊細をきわめ、また熊谷宿玉井の名工、飯田和泉の作といわれる、向拝海老光虹梁の龍のかご彫りは必見だ。

●札所四番 金昌寺

「高谷山 金昌寺」。大わらじが懸けられた仁王門をくぐると、無数の石仏像に出合う。その数は1,319体にも及ぶ。ユーモラスな表情の石像も多く、中でも思わず吹き出したのが「酒呑地蔵」だった。右手に徳利、左手にもった大盃を頭にのせておどけている。また子育て観音で有名な寺。御堂の回廊には赤子を膝に抱いて乳房を含ませようとする母子像は見る人の心を和ませる。

大ワラジの掛けられた金昌寺の山門
大ワラジの掛けられた金昌寺の山門
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金昌寺は石像がいっぱい。笠代わりに大杯。右手に徳利の地蔵さんもあった
金昌寺は石像がいっぱい。笠代わりに大杯。
右手に徳利の地蔵さんもあった


これからは旅人も多くなる季節、山歩きや巡礼者の疲れを癒す温泉も秩父には多い。泉質はほとんどは鉱泉で、温度は33度前後と少しぬるめで、適温までに火を加えるが、成分や効能は天然温泉と変わらない。
秩父は古くから良質の鉱泉が湧いたが、交通の便が悪かった数十年前まではあまり知られていなかった。しかし、いまは国道沿いには“温泉宿”の看板がたくさん目につく。
「全国秘湯を守る会」の湯というのもいくつかあった。



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取材:2005年2月