ハプスブルグ家の遺産とアルプスの自然(5)オーストリア編

古くから周囲の岩塩鉱より産出される塩の取引で栄えた町、ザルツブルグの旧市街は、切りたった山とザルツァハ(Salzach)川の間に広がる。その断崖の上には「岩塩の砦」と呼ばれる巨大で白いホーエンザルツブルグ城塞が建つ。
8世紀、大司教が領主となり、教会国家が約1,000年にも及び続いた。中世に岩塩は「白い金」と呼ばれ高い値で取引され、巨万の富を築いた大司教は壮麗な教会や宮殿を建て、ザルツブルグの町を築いた。
旧市街からケーブルカーで城へ上ると、眼下には旧市街と田園風景が広がり、背景にはアルプスの山並みを望む。郊外に標高1,853mのウンタースベルク山がひときわ高く聳え、これを町の人々は「ザルツブルグの守護神」という。また、ここザルツブルグは映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台の中心となった。美しい山や湖が広がる郊外へも足を延ばした。

コース|ザルツブルグ(Salzburg)

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ザルツブルグ(Salzburg)

  • 城塞から見るザルツブルグ旧市街

    城塞から見るザルツブルグ旧市街

町の中心を流れるザルツァハ川を挟んで新市街と旧市街に分かれ、鉄道の中央駅をはじめ近代的なホテルが並ぶ新市街、石畳の路地や広場、石造りの建物が密集して建つところが旧市街だ。2つの町は複数の橋で結ばれている。
その旧市街の山の上に建つホーエンザルツブルグ城塞(Festung Hohensalzburg)の下、発展した町には、大司教が居住した宮殿とレジデンツ広場、町の歴史と共に歩んできたバロック様式の大聖堂、そしてモーツァルトの生家など数々の由緒ある広場や建物が並び、商人たちで活気に満ちた路地が入り組む。また、モーツァルトが生まれた音楽の都として、夏には「ザルツブルグ音楽祭」が開催され、世界中から有名なアーティストが出演するため、町は観光客に加えて音楽ファンで賑わう。

旧市街から見るホーエンザルツブルグ城塞

旧市街から見るホーエンザルツブルグ城塞

ホーエンザルツブルグ城塞(FestungHohensalzburg)

ザルツブルグを統治した大司教の力は絶大なものであった。国王と同等、あるいは教会の力も兼ね備えていたため、より強力だった。
この城塞建築がはじまったのは11世紀、神聖ローマ帝国皇帝とローマ教皇の叙任権闘争の時、皇帝側だった大司教ゲープハルトにより築かれた。以降約600年にもわたり、増改築が繰り返された。隣国と市民の脅威から身を守るため、大砲や武器庫などを補強し、その都度、強固な城塞となっていった。
城塞へは旧市街から坂道を歩くと約40分だが、ケーブルカーで行くことができる。

  • 城塞へのケーブルカー

    城塞へのケーブルカー

  • 司教はまさに要塞に住んだ

    司教はまさに要塞に住んだ

城塞の最上部にある大司教の部屋は「黄金の間」と呼ばれ、広間、居間、寝室があり、すべての部屋には天井や壁の細部に至るまで、黄金で繊細な装飾が施されている。宗教者である大司教といっても中には、私利私欲を求め、愛人までも囲い、彼女のために宮殿までも建てた大司教もいた。
19世紀まで一度も攻め落とされなかった城塞は、中世という時代を今に伝えている。内部はガイドによるツアーのみ。ツアーコースとなる部屋の部分は撮影禁止だ(この数年、日本も含めて、歴史などの観光施設内での撮影禁止場所が急激に増えた)。

  • 城内の井戸

    城内の井戸

  • 大砲もあった

    大砲もあった

  • 砦のような塔も

    砦のような塔も

  • 窓には頑丈な鉄製の網

    窓には頑丈な鉄製の網

  • 城壁上からの展望

    城壁上からの展望

  • 旧市街のどこからも偉容が見える

    旧市街のどこからも偉容が見える

サンクト・ペーター教会と大聖堂

サンクト・ペーター教会と大聖堂

ザンクト・ペーター教会(St.Petersstiftskirche)

ザルツブルグではじめて布教活動の拠点として、696年に聖ルペルトが僧院を創設した。ペーター教会はその付属として12世紀半ばにゴシック様式で建設された。
教会にある墓地には鉄細工で作られた十字架などに花が飾られたたくさんの墓碑があり、岩山をくりぬいて造られたカタコンベ(初期キリスト教徒を埋葬するための洞窟)もある。

女子修道院のゲート

女子修道院のゲート

ノンベルク修道院(StiftNonnberb)

映画「サウンド・オブ・ミュージック」で主人公のマリアが修道女の見習いをしていた修道院だ。旧市街の東端にある赤い屋根の目立つ建物だが、どのように進めば行くことができるか、迷いそうなところだ。民家の裏から続く長い階段を上るか、ホーエンザルツブルグ城塞から続く道から分かれて行くかだが、俗世を避ける女子修道院らしい場所だ。
修道院の敷地に入ると墓地があり、その先の教会から中へと入るのだが、現在も女子修道院としての信仰の場であり、一般人は中に立ち入ることはできない。

レジデンツ広場の噴水

レジデンツ広場の噴水

レジデンツ(Residenz)

大司教の宮殿。ホーエンザルツブルグ城塞は戦争や動乱に備えた城で、ここは大司教が執務するところであり、平時は住居となっているところ。入り口付近には観光馬車がずらりと並ぶ。
16世紀の大司教ヴォルフ・ディートリヒが現在のような宮殿を建造。豪勢な建物は180もの部屋があり、いずれもボヘミアンガラスのシャンデリア、寄せ木細工による床、壁にかけられて豪華なタペストリーなど贅の限りを尽くしたもの。
一般公開されている内部はハプスブルグ家の人々の肖像画が飾られた「皇帝の間」、モーツァルトが演奏を披露したという「騎士の間」など15室をオーディオガイド付きで見学できる。

  • 広場に面した喫茶店。二階のテラスが人気

    広場に面した喫茶店。二階のテラスが人気

  • 広場には観光馬車が並ぶ

    広場には観光馬車が並ぶ

カピテル広場

カピテル広場

大聖堂(Dom)

774年アイルランド出身の司教ヴィルギルにより最初の大聖堂が創建され、12世紀後期ロマネスク様式に改築されたが火災で焼失。17世紀に青い巨大なドーム型屋根を持つバロック様式に建て直された。
モーツァルトはここで洗礼を受け、オルガン奏者も務めた。1944年第二次世界大戦で空爆を受け破壊されたが、15年後には復元し、1989年同じザルツブルグ生まれの指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンの葬儀が行われた。

  • 大聖堂正面

    大聖堂正面

  • 大聖堂内

    吹大聖堂内

モーツァルト広場の像

モーツァルト広場の像

モーツァルトの生家(MozartsGeburtshaus)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは1756年1月27日に、旧市街の一画、現在はレストランやカフェ、ブティック、土産物店がひしめくゲトライデ通りに面した建物の4階の部屋で誕生した。
宮廷楽団のバイオリン奏者だった父とその一家は、ザルツァハ川を隔てた住居に引っ越すまでの17年間をここで過ごした。チケット売り場は2階で4階の「出生の部屋」から見学コースがはじまる。
神童と呼ばれ、幼い頃から父とともにヨーロッパ演奏旅行に出かけたころに使っていたバイオリンや作曲した直筆の楽譜、肖像画、手紙などが展示されている。

  • モーツァルト橋

    モーツァルト橋

  • モーツァルト誕生の家。博物館になっている

    モーツァルト誕生の家。
    博物館になっている

  • 博物館(生家)入り口

    博物館(生家)入り口

  • モーツァルト家のキッチン

    モーツァルト家のキッチン

宮殿入り口には水の仕掛けがある

宮殿入り口には水の仕掛けがある

ヘルブルン宮殿(Schloss Hellbrunn)

市の中心部から南に約10kmのところに、大司教マルクス・ジティクスというちょっと風変わりな大司教が17世紀はじめ、夏の離宮として造ったもの。この宮殿の魅力は、水力を利用して造られたさまざまな仕掛けで楽しませてくれる噴水にある。ふざけて楽しむ、今風に言えば、「遊び心」の詰まったところ。
最初は、水をたたえた池、周囲を彫刻で飾られローマ式劇場のような場所に野外パーティ用の宴席がある。これを「大司教のテーブル」といい、テーブルにはワインを冷やすための水槽までもある。招待客が大いに満足し、酔いも回ったころ、大司教は客の椅子の下から水を勢いよく噴き出させる。

  • ヘルブルン宮殿入り口

    ヘルブルン宮殿入り口

  • 椅子の真ん中から突然噴水が出る

    椅子の真ん中から突然噴水が出る

  • 階段状の席があり、その前に宴会のテーブル

    階段状の席があり、その前に宴会のテーブル

  • 円錐の器の真ん中に水が噴き出し、宙に浮く

    円錐の器の真ん中に
    水が噴き出し、宙に浮く

一通り仕掛けが終わったと思うと、出口にまた噴水

一通り仕掛けが終わったと思うと、出口にまた噴水

その他、水力を使ったからくりがいくつもある。大司教は、宴会が終わると、ずぶ濡れで酔いも冷めたであろう客を残してザルツブルグへと戻ったという。この宮殿は大司教のストレス解消であり癒しの場でもあったそうだ。

稜線までロープウェイがある

稜線までロープウェイがある

ウンタースベルク(Untersbergbahn)

「ザルツブルグの守護神」ともいわれる山。実際「赤髭王」の愛称で知られた皇帝フリードリヒ一世が、いまでもこの山の中に生きているという伝説がある。旧市街の背後に聳える標高1,853mの険しい山である。
大司教の水の離宮から牧草地を経て近く、標高460mの麓にはロープウェイ乗り場があり、これより標高1,776mまで一気に上る。
ロープウェイ山頂駅のすぐ上には、1,805mのガイアーエック(ハゲワシ岳)がある。

ザルツブルグ方面。空港も見える

ザルツブルグ方面。空港も見える

ここからザルツブルグの町の全容が見渡せる。さらに1,853m山頂までは、いったん下ってから、急な山道を約30分登る。360度の眺めに大満足だ。
ロープウェイを使わずに下るルートはいくつかある。いずれもハイキングコースとなっているが、山が険しく、上級者向けとなっている。

ロープウェイで簡単に上れるため、気軽に歩いて下り、道に迷い遭難する人、足を踏み外し転落する観光客も少なくないと聞いた。

  • ウンタースベルク山の花々

    ウンタースベルク山の花々

  • ウンタースベルク山

    ウンタースベルク山

  • 頂上には十字架が立つ

    頂上には十字架が立つ

旧市街の商店街は賑わっていた。昔ながらの“看板”が店の壁から街路の上に突きだしている。見たとおりの看板もあるが、地元の人でないとなんだか分からないものもあって、散歩しながら見ていて飽きない。大司教やモーツァルトも愛したというチョコレート専門店も多い。
広場に面した所には、人気の喫茶店が繁盛し、合唱団が街角で合唱していた。結婚式の後の馬車行列は、古き時代の名残だろうと思った。

  • いろいろな看板が楽しい

    いろいろな看板が楽しい

  • 街のチョコレート専門店

    街のチョコレート専門店

  • 土産用のチョコレートの店

    土産用のチョコレートの店

  • 結婚式の馬車列に出会った

    結婚式の馬車列に出会った

  • 街角の合唱団

    街角の合唱団

オーストリア政府観光局
「主要都市と景勝地」では、ウィーン、ザルツブルク、インスブルックほか全9つの州都や世界遺産のワッハウ峡谷などが紹介されている。

取材:2014年6月

  • ※ドライブコースの情報はそれぞれの記事の取材時点のものです。