ハプスブルグ家の遺産とアルプスの自然(1)
(オーストリア・イタリア・スロベニア)

オーストリアの首都ウィーンからアルプスの山麓インズブルックへ。国境を越えイタリアへ入ると、南チロルの山々の山岳ドライブを経て、約5,300年の長い眠りから覚めた男性のミイラ「アイスマン」のふるさとイタリアのボルツァーノ(Bolzano)を訪ねた。さらに森と湖、そして大きな洞窟や鍾乳洞など、自然世界遺産のあるスロベニアへと走った。再びオーストリアへ戻りモーツァルトの生誕地ザルツブルグとその周辺をめぐってウィーンへ。

広い花壇と芝。壮大で贅沢なシェーンブルン宮殿それは1ヶ月に及び、約2,700kmのロングドライブだったが、欧州の長い歴史の一端と美しい自然を存分に満喫させてくれる旅だった。
これらのドライブルートをはじめ、荘厳華麗な宮殿や教会、雪や氷河で覆われたアルプスの山々、深い森、やがて大河をなす峡谷の流れ、静寂で神秘的な湖など、辿ったコースとともに、自らハンドルを握った旅でしか出会えない小さな村や町、そこに住む人々など、数回にわたり紹介したいと思う。

赤いドライブルート付近のマーカーをクリックするとその項目にジャンプします

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オーストリア(Austria)

ウィーン(Wien)

音楽の都・芸術の都といわれ、650年続いたハプスブルグ家の残した遺産に輝く都は、観光客の人気を集めるばかりか、いまでも世界一住みやすいところとして多くの人に親しまれている。
「戦いは他のものにさせるがよい。汝幸あるオーストリアよ、結婚せよ」とは国家を発展させるためには戦争ではなく結婚政策を、という15世紀マクシミリアン一世からのハプスブルグ家の教訓であった。第一次世界大戦に突入し、1918年に崩壊するまで中央ヨーロッパを支配した大国の終焉は、皇帝フランツ一世(1745〜1765)の皇妃マリア・テレジアとその娘フランスのルイ16世に嫁いだマリー・アントワネットの悲劇で広く知られている。

  • 国会議事堂

    国会議事堂

  • ペスト犠牲者追悼碑

    ペスト犠牲者追悼碑

  • 市内にはドナウ川遊覧船の発着所もある

    市内にはドナウ川遊覧船の発着所もある

  • ウィーン、モーツァルトの家

    ウィーン、モーツァルトの家

またウィーンは中世からヨーロッパの音楽の中心地の一つであり、18世紀以降は王家や有力な貴族の庇護のもと、多くの音楽家が活躍した。ウィーン生まれのシューベルト、ザルツブルグ生まれのモーツァルト、ドイツ生まれのベートーベン、その他ハイドン、ブラームスなどが活躍した足跡が、ここには数多く残されている。ウィーンを見尽くすには少なくても一週間は必要といわれるほどだ。

  • 旧市街の名所を巡る馬車

    旧市街の名所を巡る馬車

  • モーツァルトの家は資料館になっている

    モーツァルトの家は資料館になっている

シュテファン大聖堂(Stephansdom)

旧市街を一周する環状道路を「リンク」と呼ぶ。観光用路面電車やバスを使うと約30分で一回り。その旧市街のほぼ中央に聳え立つ大寺院がシュテファン大聖堂だ。12世紀半ばからロマネスク様式の教会として建てられたが、14〜16世紀に現在の寺院のシンボルである2つの尖塔を持つゴシック様式に改築された。

  • 大聖堂正面

    大聖堂正面

  • 大聖堂は祭壇付近にしか椅子がない

    大聖堂は祭壇付近にしか椅子がない

南塔の高さは137m、343段の石段で見晴らし台まで上ることができる。一方の同じ高さに建てられる予定だった北塔は、途中財政難のため南塔に比べかなり低めだが、小さなエレベータで塔の上まで昇ることができる。塔からは寺院の屋根に鮮やかなタイルで描かれたウィーン市の紋章をはじめ、新市内を含めた市内全体からウィーンの森まで見渡すことができる。

  • 大聖堂の塔から

    大聖堂の塔から

  • 大聖堂の塔を見上げる

    大聖堂の塔を見上げる

  • 裏側からの大聖堂

    裏側からの大聖堂

  • 大聖堂の屋根にはウィーンの紋章

    大聖堂の屋根にはウィーンの紋章

長さ107mもの内陣は、フレスコ画の描かれた高いドームや鮮やかな光を受けたステンドグラス、パイプオルガン、その他、作者が自分の姿を彫り描いたという石造りの説教壇などがある。地下にはハプスブルグ家の心臓以外の内蔵を入れた壺やペストで亡くなった約2,000体の骨が安置されている。

  • 聖堂内部のフリードリヒ三世の墓

    聖堂内部のフリードリヒ三世の墓

  • 大聖堂説教台には設計者の姿が

    大聖堂説教台には設計者の姿が

国立オペラ座(Staatsoper)

パリ・ミラノと並ぶヨーロッパ三大オペラ劇場の一つ、音楽の都「ウィーン」の象徴ともいえる。1869年、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』でこけら落としが行われたところ。第二次世界大戦では大きな被害を受けたが、1955年にベートーベンの『フィデリオ』で再開した。音楽監督にはマーラー、カラヤンなどの巨匠指揮者が名を連ねており、2010年までは小澤征爾が務めていた。
オペラ座を維持するための巨額の資金の多くをトヨタ・レクサスの支援を受けているとガイドの説明に、日本人として誇らしく思った。昼間はガイドツアーで内部見学ができる。

  • オペラ座

    オペラ座

  • 2階通路に大スポンサー、Lexusの文字

    2階通路に大スポンサー、
    Lexusの文字

  • 音楽会のチケット売り。モーツァルト風の衣装

    音楽会のチケット売り。
    モーツァルト風の衣装

  • 昼間にオペラ座見学時間がある

    昼間にオペラ座見学時間がある

  • 円形の桟敷席が重なり合う

    円形の桟敷席が重なり合う

  • 舞台。手前はオーケストラボックス。小澤征爾さんが指揮を取った

    舞台。手前はオーケストラボックス。
    小澤征爾さんが指揮を取った

  • この部屋を借りてパーティーもできると言う

    この部屋を借りて
    パーティーもできると言う

  • マーラーの像と持ち運んだピアノ

    マーラーの像と持ち運んだピアノ

  • オペラ座と大聖堂を結ぶ道は歩行者専用

    オペラ座と大聖堂を結ぶ道は歩行者専用

  • オペラ座に近いホテル・ザッハーのカフェは観光客の列ができる

    オペラ座に近いホテル・ザッハーの
    カフェは観光客の列ができる

ホーフブルク王宮(Hofburg)

ハプスブルグ家が13世紀後半から1918年まで、約600年余りもの間、本拠としてきたところ。この長い間に増改築が繰り返されてきた。18の棟があり、その複雑に入り組んだ棟には2,500以上もの部屋があるという。

王宮正面。ミヒャエル広場に面している

王宮正面。ミヒャエル広場に面している

王宮内への見学はミヒャエル広場(Michaeleplatz)の南側にある巨大なドーム天井の下から。皇妃エリザベートの肖像画が飾られたフランツ・ヨーゼフ一世の執務室や衣装のレプリカなどが展示された皇帝の部屋とシシィの愛称を持つエリザベートの部屋などを見ることができる。
王宮内にある「シシィ博物館(Sisimuseum)」には、愛用のベッドや小物などが展示されている寝室がある。

マリア・テレジア像(マリア・テレジア広場)

マリア・テレジア像(マリア・テレジア広場)

王宮内には乗馬学校、国立図書館、ハプスブルグ家の人々の心臓を安置するアウグスティーナー教会(Augustinerkirche)、神聖ローマ帝国の帝冠をはじめ、ハプスブルグ家の財宝が集められた王宮宝物館(Schatzkammer)などがあり、王宮に隣接するブルク公園(Burggarten)にはモーツァルト像が建つ。
1857年、皇帝フランツ・ヨーゼフ一世の時代、それまであった城壁や濠をとり壊し、街路樹が植えられた一周約4kmの道路が作られた。
王宮と道路を隔てたところには、マリー・アントワネットの母であるマリア・テレジアの大きな像が建つ。

16人もの子供を産み、国政にもたずさわり、女帝ともオーストリアの母ともいわれた人物だ。マリア・テレジア広場(MariaThereienPlatz)の両側には自然史博物館(NaturhistorischesMuesum)美術史博物館(Museumsquartier)の大きな建物がある。自然史博物館にはマリア・テレジアの夫フランツ一世の大コレクションを基礎とした自然科学全般にわたる膨大な展示品が並ぶ。

  • マリア・テレジア像をはさんで自然史博物館

    マリア・テレジア像をはさんで自然史博物館

  • 美術史博物館

    美術史博物館

旧市街を散策していると目につくのが、音楽家たちの住居やモニュメント、さらに像の数々。歩き疲れたらカフェで一休み。王族や貴族、音楽家たちが愛したというケーキとお茶、そしておしゃべりを楽しんだという老舗も健在だ。

  • ブルク公園のモーツァルト像

    ブルク公園のモーツァルト像

  • シューベルト像(市立公園)

    シューベルト像(市立公園)

  • 市立公園のヨハン・シュトラウス像

    市立公園のヨハン・シュトラウス像

  • 王宮に近いケーキ屋さん、デメール。ヨーゼフ二世の妃、エリザベートお気に入り

    王宮に近いケーキ屋さん、デメール。
    ヨーゼフ二世の妃、
    エリザベートお気に入り

  • デーメルは洒落た小部屋に分かれている

    デーメルは洒落た
    小部屋に分かれている

  • デーメルは菓子作りを見ながら食べられる

    デーメルは菓子作りを
    見ながら食べられる

シェーンブルン宮殿(SchlossSchönbrunn)

  • 広い花壇と芝。壮大で贅沢なシェーンブルン宮殿

    広い花壇と芝。壮大で贅沢なシェーンブルン宮殿

国立オペラ座から南西に約6km、ハプスブルグ家王朝の離宮として使われていた。王宮とともに世界文化遺産に登録されている。ウィーンでもっとも多く観光客が訪れるところで、その数は年間150万人、庭園や併設された公園、動物園や行事などを合わせると650万人を超えるという。
1693年にレオポルド一世が狩猟用の別荘を造ったのが始まり。その後歴代の皇帝たちが増築し、1743年にマリア・テレジアの命により大改築を経て、現在の姿になった。17世紀初頭、皇帝マティアスが狩猟で訪れたとき、近くの森に泉を発見、宮殿を「美しい泉」という意味を持つシェーンブルンと命名したという。
広大な森の中に建つ王宮の部屋数は1,441室、そして広い庭園。女帝の末娘マリー・アントワネットが、フランスに嫁ぐまで育ったところでもある。6歳のモーツァルトが演奏会を開いた折、7歳のマリー・アントワネットに結婚を申し込んだという有名な逸話が残されている。ハプスブルグ家最後の皇帝カール一世は、1918年この宮殿で退位文書に署名、翌日には宮殿はオーストリア共和国のものとなった。

  • 宮殿二階の展望テラスから

    宮殿二階の展望テラスから

  • 宮殿には何種類もの庭園がある

    宮殿には何種類もの庭園がある

赤いバラはトンネルに仕立てられている

赤いバラはトンネルに仕立てられている

内部見学ができるのは皇帝や家族の部屋と広間などのある2階部分だ。見学可能な45室すべてを見るコースや、他の施設も含まれるいくつかのコースに分かれている。宮殿最大の大広間をはじめ、ハプスブルグ家発祥地であるスイスの古城を描いた部屋、皇帝の執務室、壁画を中国製の漆塗りにした部屋、日本製の漆器や磁器が並ぶ部屋など豪華な調度品や装飾、絵画と心奪われるものばかり。すべてガイド付きで、内部撮影は禁止だ。

ネプチューンの像と噴水グロリエッテ

ネプチューンの像と噴水グロリエッテ

宮殿の南に広がる庭園は、総面積が1.7平方キロメートル。幾何学模様の花壇には色とりどりの花が植えられている。
ギリシャ神話の海の神ネプチューンに祈る女神を中心とした彫刻の大噴水、その丘の上にそびえるグロリエッテ(Gloriette)は、1775年に軍事的記念碑として建てられたもの。この広大な庭園を一周する馬車やSLの形をした観光用車がある。

  • 庭園の外周は馬車で巡った

    庭園の外周は馬車で巡った

  • 庭園の外周巡りにはこんな乗り物も

    庭園の外周巡りにはこんな乗り物も

オーストリア政府観光局
「主要都市と景勝地」では、ウィーン、ザルツブルク、インスブルックほか全9つの州都や世界遺産のワッハウ峡谷などが紹介されている。

取材:2014年6月

  • ※ドライブコースの情報はそれぞれの記事の取材時点のものです。