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田沢湖周辺のみどころと温泉(1)

ドライブライン

堂々たる秋田諏訪宮も裏は朽ち果てていた 秋田県横手市を出て北へ。武家屋敷で有名な角館や田沢湖を一周しながら、東北の背骨ともいわれる奥羽山脈の裾に沿ってたくさん点在する温泉を訪ねてのドライブだった。
しかし、いざ、車を走らせてみると、源義家の兵糧攻めに陥落した清原家衡の「後三年の役」古戦場跡が横手市にあった。また町中に清水の湧く美郷町など、思いもよらなかったみどころを発見。
水深約423m、日本一の深さを誇る田沢湖、周囲約20kmを一周し、秘湯で名高い「乳頭温泉」を訪ね、天下の名湯「玉川温泉」と八幡平山麓の温泉を巡るという旅だった。一回目は横手から角館まで。走る距離は短いが、この地方の歴史に触れるコースである。


サムネイル1 サムネイル2 サムネイル3 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

<コース>
横手市−(国道13号線)−後三年−美郷町−(県道11号線)−角館−(国道46号線)−(県道217号線)−田沢湖一周−(県道194号線)−乳頭温泉郷六つの湯(黒湯、孫六、蟹場、大釜、妙之湯、鶴の湯)−(国道341号線)−玉川温泉−(県道23号線)−後生掛温泉
全行程 約200km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●後三年

冬は「かまくら」で有名な横手市街を出ると間もなく、後三年古戦場跡に着く。
「平安の風わたる公園」と名付けられた広い公園内が「後三年戦役」の古戦場だ。

公園入り口
公園入り口
後三年の武将の像が広場にある
後三年の武将の像が広場にある

後三年の池に架かる橋
後三年の池に架かる橋
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公園に実るリンゴ
公園に実るリンゴ

平安時代、この地方には出羽の清原氏と陸奥の阿部氏の二人の豪族が支配していた。永承6年(1051)に多賀国府にいた将軍源頼義・義家親子が出羽の清原氏の助けをかりて阿部氏を滅亡させた戦いが「前九年役」といわれている。
一方、その20年後、清原一族の義兄弟争いという内紛が起こった。この戦いが1083〜1087の「後三年役」だ。兄の清原清衡は源義家に助けられ、奥羽を舞台とする2つの歴史に残る大きな合戦が交わされたところである。
後三年の役資料館
後三年の役資料館

公園内の合戦図
公園内の合戦図

その後、奥羽の長い戦乱は幕を閉じたが、源義家が京へ戻ったあと、この地方に新たに君臨したのが清衡だった。清原清衡は姓を藤原と改め、以来、百年にわたる平泉の黄金文化の礎を築いた。
公園内には合戦の模様が陶器で屏風絵のように作られたものが飾られていた。特別な観光地にはなっていないが歴史上貴重な史跡だ。入場は無料。

JRの後三年駅
JRの後三年駅
後三年駅は歴史そのものの名
後三年駅は歴史そのものの名

●金沢八幡宮

「平安の風わたる公園」から国道13号線をはさんで北の森の中にある。 後三年役が終わった寛治7年(1093)、源義家が藤原清衡に命じて出羽鎮護のために創建された。本殿内の内陣は創建以来のもので貴重な文化財だ。
この森の中には「兜八幡神社」の小さな社と、その側らに「兜石」というのが鎮座している。義家が戦勝を記念して凱旋の折に兜を埋めて、その上に石を置いたところからこの名がついたという。
金沢八幡宮
金沢八幡宮

兜八幡神社。左が兜石
兜八幡神社。左が兜石
八幡神社の彫り物
八幡神社の彫り物

●美郷町・六郷湧水群

横手市街から約10km、後三年より約5km、国道13号線と県道11号線の分岐点に位置するところに、大小約60ヶ所から清水が湧き出る町がある。奥羽山脈のやまなみを望む田園地帯に秋田諏訪宮(諏訪神社)を中心に、いたるところで清水が湧き、池や清流が流れる、さわやかな町である。数十年前までは、各家庭専用の清水があり生活用水のすべてを賄っていた。現在も旧家の敷地内には清水が湧き、あるいは引いているところも少なくないそうだ。
湧水観光には諏訪宮の横にある町の観光情報センターを訪れよう。ここで代表的な湧水池めぐりの地図を手に入れる。
コンコンと湧き出る清水、木々に囲まれた泉は昭和60年「全国名水百選」に選定され、平成7年には、国土交通省の「水の郷」に認定された。

六郷湧水郡・お台所清水
六郷湧水郡・お台所清水
センターから、諏訪宮を回るように観光湧水見学コースがある。最初に訪れたのは「御台所清水」だ。江戸時代にこの地を治めていた佐竹氏が鷹狩りの折り、殿様の料理用に使われた水ということからこの名がついたという。湧水の中ではきわめて大きく、昔は生活水として飲み水をはじめ、食器洗いから洗濯までしていたが、「いまは野菜を洗うくらいかな」と地元の人の話。

台蓮寺の庭園内にある「台蓮寺藤清水」は、樹齢70〜80年の藤棚の下から湧いている清水。この近くにある「藤清水」は、昔、このあたりに3つの蔵があったことから三蔵清水とも呼ばれていたが、初夏に咲く藤の花の見事さから藤清水というようになった。
木々の多い中を、とうとうと湧き流れる清水に自然の豊かさを思う。
藤清水
藤清水

●秋田諏訪宮

諏訪宮境内には4つの清水があり、北側には御伊勢堂川が流れている。
宮の創建は社伝によると延暦21年(802)といわれ、坂上田村麿が日本武尊の神徳を追慕したとのこと。中世以降は六郷の総鎮守として崇敬された。時の二階堂氏(後に六郷氏)によって、社殿の改修を数度行われてきた。昭和62年には「諏訪神社」を「秋田諏訪宮」と改称し、現在に至っている。
こうした由緒ある神社だが、屋根は傾き、一部瓦が落ちブルーシートで覆われ、すでに年月が経っていた。修復がされていない理由を地元の人に尋ねると、住職と地元の人々との意見の違いや、いろいろな確執があってのことという。
信仰心が希薄になったいま、観光地化した神社仏閣ばかりが守られ、地元の大神宮が朽ちていく姿に心痛む思いがする。

堂々たる秋田諏訪宮も裏は朽ち果てていた
堂々たる秋田諏訪宮も裏は朽ち果てていた
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秋田では頭抜けた格式の諏訪神宮も荒れ果てる。宮司さんどうしたのでしょう
秋田では頭抜けた格式の諏訪神宮も荒れ
果てる。宮司さんどうしたのでしょう


お宮は荒れても諏訪神宮の湧水は綺麗でした
お宮は荒れても諏訪神宮の湧水は綺麗でした
ニテコ清水は家の下を流れていきます
ニテコ清水は家の下を流れていきます

一心清水
一心清水
天明の大飢饉(1782年〜88年)に絡む石碑だろうか=諏訪宮=
天明の大飢饉(1782年〜88年)に絡む
石碑だろうか=諏訪宮=


「ニテコ清水」とはアイヌ語のニタイ(森林)コツ(水たまり)から付けられた名とか。その昔、東北地方が蝦夷といわれていたことから語源がアイヌ語であることも珍しくない。この清水は、明治天皇御巡幸の折、この水を差し上げたことから「御膳水」ともいう。
六郷には清水の他に、寺の多いことでも知られている。400年も続いた六郷氏、江戸時代の城主佐竹氏のもと、武将の菩提寺や祈願寺として多くが創建された。現在も、この小さな町に26ヶ所もの寺院がある。これらの寺を巡るコースの一部を「寺町ロード」と名付けられている。
湧水めぐりの途中に庚申塚などと並んで、やっと読み取れる文字で「天明7年」と書かれた碑があった。1782〜1788年に東北地方の農村を襲った「天明の大飢饉」の記念碑と思われた。この地でなにが起こったかを今に伝えていた。
11号線で見かけた水神社
11号線で見かけた水神社

●角館の武家屋敷

美郷町を北へ約20km、再び国道18号線へ出会ったところが武家屋敷で有名な角館だ。秋田県のほぼ中央に位置し、清流玉川と桧木内川に沿い三方は山々に囲まれた城下町として理想的な地形に、元和6年(1620)、この地方の領主・芦名義勝氏によってつくられた町だ。この城下町で最も注目されたのは、町の中心部に「火除け」を設け、町を南北に分けたところだ。現在は「火除け」だったところに役場や公民館が建っている。
「火除け」を挟んで北の内町は武家で、南は外町といい町人町であった。380年たった今も城下町内町の風情は大きく変わってはいない。

角館駅。民家ではありません
角館駅。民家ではありません
戊辰戦争には遙か九州・大村藩の武士も角館で討ち死にした
戊辰戦争には遙か九州・大村藩の武士も
角館で討ち死にした


団体客はひきも切らない
団体客はひきも切らない
武家屋敷の通りは賑やか
武家屋敷の通りは賑やか

明暦2年(1656)芦名氏の後、「所預り」として角館を支配した佐竹義隣氏と二代目義明氏の妻が、京都の公家出身だったため、京文化が色濃く残る町でもある。東北の京都といわれる武家屋敷は深い木立に、黒塗りの透かし塀や簓子塀の奥には重厚な母屋に白い漆喰塗りの蔵、そして苔むした庭に藩政時代を見る。
屋敷町に植えられた樹齢300年を超すという垂れ桜は国の天然記念物に指定されている。また桧木内川堤には約2kmにも及ぶソメイヨシノが植えられている。

角館・寺町
角館・寺町
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佐竹歴史文化博物館
佐竹歴史文化博物館

●青柳家

芦名譜代の武士だったが、芦名氏断絶後佐竹北家の家臣となった。広い表玄関口には八双金具のついた薬医門があり、その矢板には万延元年(1860)大工棟梁柴田岩太郎と記されている。通り沿いは武者窓(のぞき窓)のついた黒塗りの塀を巡らせ、母屋には代々伝わる武具、美術品、秘蔵の品などが展示されている。秋田県指定文化財。
/入館料 500円、TEL 0187-54-3257
武家屋敷の塀には覗き窓がある
武家屋敷の塀には覗き窓がある

●石黒家

佐竹北家の家臣で、主に財用役や勘定役といった財政面を担当していた。嘉永6年(1853)に現在地に移転した。母屋は茅葺き屋根で庭に築山、巨岩、樅の大木、東屋がある。めぐらせた黒塀には覗き窓もある。現存する武家屋敷の中で、最も格式が高く古い屋敷である。角館町指定文化財。
/入館料 300円、TEL 0187-55-1496
角館の武家屋敷・石黒家
角館の武家屋敷・石黒家

この他、広い通りには黒塀に囲まれた岩橘家、小田野家、小野崎家、河原田家、松本家など巨木や垂れ桜の中に、これらの武家屋敷が佇む。
/問い合わせ 角館商工観光課、TEL 0187-54-1114

角館で見かけた民家。空き家だった
角館で見かけた民家。空き家だった
ひっそりと地味な屋敷も…
ひっそりと地味な屋敷も…



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取材:2007年11月