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「愛・地球博」と「中部国際空港(セントレア)」
周辺ドライブ(3)

ドライブライン

三河湾を包み込む渥美半島から知多半島へ

土管坂。左は土管、右は焼酎甕 渥美半島から名鉄フェリーで約40分、知多半島の先端、師崎港にフェリーは着く。あいにくの雨模様だったが三河湾に浮かぶ篠島、日間島(どちらも師崎港から高速艇で10分の距離にある島)を眺めながらの短い船旅である。
2つの半島の入り口は遠浅で潮通しがよいことからアサリやカニが多く採れる。とくに大アサリは名物で、またこれらのアサリを餌にするタコも美味しいところだ。
その知多半島の付け根ともいえる常滑市は、いま話題の中部国際空港「セントレア」のあるところ。

知多半島を縦断し名古屋市へと走る知多半島道路をさけて国道247号線を北上、古くからの酒造や酢などの製造所、土管や甕を焼いた窯そして童話のふるさとを訪ねてみた。


サムネイル1 サムネイル3 サムネイル2 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

<コース>
渥美半島伊良湖−(フェリー)−知多半島師崎−(国道247号線)−半田−常滑−名古屋
全行程 約100km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

<ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください>



●半田市へ

伊良湖の港からは伊勢、知多半島へのフェリーが出ている
伊良湖の港からは伊勢、知多半島への
フェリーが出ている

知多半島の真ん中を背骨のように貫く「南知多道路」を避けて知多湾に沿って走る国道247号線からは、折しもちょうど“こうなご”の解禁とあって、遠浅の海には漁網が張られていた。また釣り宿も多く、かつての漁師町の面影を残す、のどかな風景だ。
こうした道を約20kmほどで武豊町までくると、狭まった碗の両岸には石油基地や火力発電所などの工場地帯をみながら半田市へと入る。

三河湾の網に群がる海鳥
三河湾の網に群がる海鳥

半田市は祭りの多いことでも知られているが、古くから半田運河沿いに立つ「酢の蔵」や「酒蔵」などが有名だ。また全国の小学校の国語教科書に掲載されている「ごんぎつね」の作者である童話作家、新美南吉のふるさとでもある。

●半田運河「酢の里」

酢の全国シェア一番というミツカン酢醸造の本社がある。運河沿いには木造の大きな蔵が並ぶ。
酢が日本に伝わったのは5世紀頃、酒造りの技術とともに中国から伝わったこと。文化元年(1804)、それまで酒粕を原料にしていたが、ミツカンを創業した中の又左右衛門が粕酢の醸造に成功したことや昔の酢造りなどを、併設されている日本で唯一の博物館「酢の里」で見ることができる。
入館は無料だが、案内嬢が付くのでファックスなどでの予約が必要だ。
/FAX 0569-24-5018
博物館「酢の里」。昔の作り方など興味深い
博物館「酢の里」。昔の作り方など興味深い

●「酒の文化館」

酒の文化館。古い建物が印象的
酒の文化館。古い建物が印象的
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)

江戸時代から酒つくりが盛んだった半田は江戸と上方の中間地にあり「中国銘酒」として知られ、弘化元年(1844)“国と共に盛ん”にあるという意味の“国盛”がつくられた。
昔は木造の重厚な建造物の中で酒造りが行われていたが、現在は「酒の文化館」として酒博物館となっている。
ここで使われていた酒造りの行程や伝統の道具、資料が保存されている。見学の他、試飲もできる。
/入館料 無料 要予約
  TEL 0569-23-1499

●「ごんぎつね」のふるさと

新美南吉の代表作である「ごんぎつね」は昭和31年(1956)から小学校4年生の国語教科書に掲載されてから、いまでは全国的に採用され、日本人ならだれでも知っている国民的童話だ。「ごんぎつね」は南吉18歳のときの作品だ。
半田市は新美南吉の生まれたところ。名鉄河和線半田口駅近く、畑や木々の残る狭い道に大正2年(1913)南吉が生まれた家がある。一軒家風だが、父多蔵が商っていた畳屋と継母の下駄屋と中が小さな扉でつながっている。
このあたりは昔、知多半島を縦断する街道と横断する街道が交差する地点で、生家の前には常夜灯と石の道しるべが残されている。童話「狐」や小説「雀」「帰郷」などの舞台でもあったが、咽頭結核のため29歳で亡くなる2ヶ月前まで「小さい太郎の悲しみ」など、ここで最後の作品を残している。
その後、人手に渡っていたが、半田市が購入、当時のままに復元して昭和62年(1886)から公開している。ただし、家は無人で自由に見学できる。

新美南吉の家
新美南吉の家
南吉の家は下駄屋(母)と畳屋(父)だった
南吉の家は下駄屋(母)と畳屋(父)だった

「南吉の養家」は車で5分くらい離れた矢勝川の上流にある。南吉の実母の実家で裕福な農家だったが、跡取りがなく南吉は8歳で養子として迎えられた。
「おばあさんの家は村の一番北にあって、背戸には深い竹藪があり、前には広い庭と畑があり……」と自ら書いているように、とても寂しいところであったらしい。
半田市指定文化財 土蔵が資料館になっているが、やはり無人だ。
/問い合わせ かみや美術館
  TEL 0569-29-2626
南吉の母の実家
南吉の母の実家

この他、生家と養家の間には「新美南吉記念館」があり直筆原稿、日記、手紙をはじめ童話を再現したジオラマ模型などが展示されている。

●焼き物の町・常滑

中部国際空港セントレアの開港で、常滑市は観光客が増えたと喜ぶ。その観光客のほとんどは搭乗者ではなく近郊周辺からバスでやってきたセントレア見学のツアー客で、常滑の焼き物目当てだと聞いた。
常滑の焼き物は平安期からはじまり、瀬戸、越前、信楽、丹波、そして備前と共に中世6古窯といわれていわれ、それぞれ特徴ある焼き物を生産していた。しかし、織田信長が瀬戸焼を保護し、残る窯に禁窯令が出されて一時衰退した。江戸時代には多くが主に日常雑器を生産したが、明治以降は土管、甕、植木鉢やタイルなどが主流になった。

●常滑市陶磁器会館

常滑陶磁器会館の展示品
常滑陶磁器会館の展示品
案内板も焼き物があった
案内板も焼き物があった

多くの作家などによる茶器や茶碗、花瓶から置物まで焼き物を集めて、常滑を紹介、宣伝、また展示された製品の即売や観光案内まで行っている。
これより「やきもの散歩道」の地図などをもらって、焼き物の町を歩こう。AコースとBコースがあり、どちらも徒歩30分から1時間だ。路地は狭く駐車場もないので車は会館の駐車場(無料)へ。
/入館料 無料、TEL 0569-35-2033

土管坂。左は土管、右は焼酎甕
土管坂。左は土管、右は焼酎甕
石垣ではなく土管垣の上は駐車場
石垣ではなく土管垣の上は駐車場

使われなくなった煙突が残る
使われなくなった煙突が残る
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)

常滑の公園。オブジェ、壁、舗装も焼き物
常滑の公園。オブジェ、壁、舗装も焼き物

古い土管や甕などを埋めた塀や新しいタイルの壁などの小径に、現在は全国から常滑焼きに魅せられてやってきた人たちが、それぞれの工房を持ったり、作品を展示販売をしていて焼き物好きには、楽しい小径だ。また明治以降土管や甕などを焼いていた窯跡にレンガ造りの煙突も沢山残る。
先祖代々この地に住んでいるという老人は「昔は町中が煙に覆われ、なにもかもが真っ黒だった」と話す。「いまは昔ながらの窯はなく、土もない。現在の土は瀬戸やいろいろなところから持ってくるのさ」と真っ黒だったが活気のあった昔の町を懐かしそうに語っていた。
焼き物色付けなど体験できる工房もあり、本格的に陶芸家を志す人には研修制度もある(常滑市立陶芸研究所 TEL 0569-35-3970)。

焼き窯の内部
焼き窯の内部
土管垣を飾る草花
土管垣を飾る草花

常滑にはいくつかの焼き物教室がある
常滑にはいくつかの焼き物教室がある
焼き物体験者の作品
焼き物体験者の作品



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愛・地球博 公式サイト
各パビリオンの紹介やイベントカレンダー、グルメガイドなどのほか、観覧予約もできる。
中部国際空港セントレア
フライト情報やアクセス案内、サービス案内のほか、「くつろぎ処」の各店の紹介も見られる。
名古屋観光ガイド
エリア別の観光モデルコースの案内や、観光スポット・施設などの検索ができる。
新美南吉記念館
新美南吉の生涯や業績の紹介、周辺の文学散歩案内などのほか「ごんぎつね」の話も読める。

取材:2005年3月