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VOL.7 しまなみ海道2「たこ」
道々の拾いもの7「しまなみ海道2」
ANA機内誌『翼の王国』2007年2月号掲載誌より抜粋
道々に想う

[広島県因島(インノシマ)・生口島(イクチジマ)]

さて、先月にもお伝えした通り、2号連続で「しまなみ海道」の取材で得た拾いものを紹介する。実は1泊2日の取材で、今回お届けする内容は主に1日目、そして前号の「鶴姫伝説」の大山祇(オオヤマヅミ)神社などを訪れたのは2日目になる。
取材の進行を巻戻しながら頭を整理しているうちに、今があれから3ヶ月以上も離れていることに驚いた。 普段パソコンの前で言葉や数字や関数に激しく追いまわされる(追いまわしてくるもの、これだけではないですけどね。)日常とは異なり、この取材で出会った瀬戸内の自然は私を暖かく、穏やかに迎えてくれた。今でもその記憶が心地よく、頭から離れないからかもしれない。

もちろん、瀬戸内の記憶はそれだけではない。何よりも瀬戸内の海の幸の豊富さに圧倒された。本当に様々な魚介類が私たちの舌と胃袋に思い出を作ってくれた。今回取り上げたタコもそのひとつ。空腹中にこの原稿を書いているからかもしれないが、早くも頭の中が魚介類でいっぱいになってきた。私はこれを書き終えたら、「たこわさ」を肴に一杯やることにしたい。そして、皆さんの中に、このページを読んだあと、スーパーでタコの刺身などを手に取る人が僅かでもいたら、もっと幸せなことである。 (ms)

[ライターの旅のあとくち]

しまなみ海道が走る島々は、柑橘類の栽培で有名なところ。ガイドブックにあった「はっさくソフト」をお目当てに、大浜パーキングで車を停めました。オレンジ色の「はっさくソフト」の隣に並んでいたのは、ブルーの「しまなみソフト」。訊けば、伯方の塩を使った塩のソフトクリームだとか。恐る恐る食べてみたら・・・これが、滅法おいしいのです。ほどよい塩味が甘みを上品に引き立てて、さっぱりした後口。それにしても、あの鮮やかなブルーは・・・きっと、瀬戸内の海の色からとったのでしょうね。

生口島で見つけたのは、「お願いしておけば、老後に嫁の世話にならなくてすむ」といわれる「嫁いらず観音」。お参りしていたら、ちょうど蜜柑のカートを牽いたおじいさんが通りかかって、土地の話を聞かせてくださいました。別れ際には蜜柑のお土産までいただいて、嬉しいやら申し訳ないやら。黄金色に色づいた蜜柑は、おじいさんの笑顔のようにやさしい味でした。(mt)

[イラストのはなし]三連たこ

今回の主役であるタコには、実にたくさんの場所で見かけることができた。まず最初に出会ったタコは、高速の大浜パーキングエリアで出会った「三連たこ」という名前のもの。タコの干物が縦にしっかり3つ並んでいるだけ、なのだが、考えてみればこのときの出会いが私たちの心をタコへ向かわせたような気がする。
もちろんタコは食材としても多く登場した。2回あった昼食にも、夕食にも、様々な料理の中に顔を出していた。なかでも一番驚いたのがその食べ方。串に刺さったタコの足を、ハサミで食べやすい大きさに切ってから食べる。もしかしたら地元では当たり前のことなのかもしれないが、ハサミで切る食材を骨付きカルビしか知らない私にとっては衝撃的だった。
取材の行程をひと通り終え、時間に少し余裕のあった私たちは、「三連たこ」が実際に港で干されている様子を見たくて、生口島と因島を探し回ったが、どうにも見つけることができなかった。あまりにも悔しくて因島の漁業組合にまで訪ねたところ、「あと1週間待てば、見られるようになる」とのこと(※ 取材は2006年10月中旬に行った)。タコが潮風に揺られながら、夕陽に照らされる様を見たかっただけに残念だが、きっと、今回のイラストのようにほんのり赤く揺れているのだろう。
(ms)

しまなみ海道広域地図

[しまなみ海道](後篇)

「しまなみ海道」は前編で紹介した本州と四国を結ぶ3つのルートのうち、最後に開通した「尾道・今治ルート(西瀬戸自動車道)」の愛称。広島県・尾道市と愛媛県今治市の間に浮かぶ6つの島を個性的な橋が繋ぎ、各橋には、自転車歩行者専用道路(総延長は約80km)が設置されているため、全線を通じていつでもウォーキングやサイクリングを楽しむことが可能。後編では、7つの橋を簡単に紹介したい。


本州と向島を斜張橋。東側には尾道大橋が架かり、「兄弟橋」「親子橋」とも呼ばれる。


向島と因島の間に架かる吊橋。自動車道と自転車歩行車道が2段階構造になっている。


因島と生口島を結ぶ斜張橋。次に挙げる多々羅大橋に比べると物足りない気がしないでもないが、個人的には好み。


生口島と大三島の間(広島・愛媛の県境)に架かる世界最長の斜張橋。非常に堂々として、美しい橋。世界第2位の斜張橋であるフランスのノルマンディー橋と姉妹橋となる。


大三島と伯方島間に架かるアーチ橋。本州四国連絡橋の中で最初の橋(1979年開通)。


伯方島と大島間に架かる橋で、伯方島と見近島(無人島)の間に架かる伯方橋と、見近島と大島の間に架かる大島大橋の二つの橋からなる複合橋。伯方橋は桁橋、大島大橋は吊橋。


大島と今治間の海の難所である来島海峡に架かる世界初の三連吊橋。完成までに9年の月日がかかった。

これらの橋が様々な文化を持つ島を繋ぎ、人と人との交流を深めていく役割を果たしている。「しまなみ海道」はまさに現代が誇る道と言えるのではないだろうか。

しまなみ海道詳細地図

[因島・生口島]

「しまなみ海道」は、走行する方向によって乗降するインターチェンジが異なることを前編でもお伝えしたが、それは因島・生口島にもそのまま当てはまる。どちらの島の場合も、尾道から今治方向は各島の「北」インターチェンジ、今治から尾道方向は各島の「南」インターチェンジをそれぞれ利用することになる。両島ともにそれほど大きくないため、どちらで降りても、どの目的地に向かっても20分かかることはない。せっかくなので前編で述べた大三島や大島と同様に、海沿いの道を走って景色を楽しむことをお勧めする。瀬戸内の様々な表情を見ることができるだろう。

「しまなみ海道/大浜パーキングエリア」

私たちが始めてタコとめぐり合った場所。当初の目的は「はっさくソフト」。「しまなみ海道」は柑橘類の栽培が盛んで、パーキングや道の駅などのお土産屋を訪れると甘酸っぱいにおいが迎えてくれる。ここで食した「はっさくソフト」も、移動で疲れた私たちの喉を潤してくれた。
ちなみにライターが挑戦した「しまなみソフト」、私もひと口いただいたが「あれ?塩はどこ?」と思うほどすっきりした味で、塩がミルクの甘さを上手く引き出していたと思う。なお、柑橘系のソフトも塩味のソフトもしまなみ海道のいたるところで販売している。一度食べたら病みつきになるので、滞在中はそれぞれの場所でどちらを選ぶか迷うところだ。


はっさくソフト

「瀬戸田すいぐん丸」

コピーにもある「たこ飯」目当てに伺ったお食事処。実に様々なタコ料理がメニューに名を連ねている。正直に言うと、これまであまりタコは好んで食べることがなかったのだが、今回の取材でタコに対するイメージは大きく変わった。なんとなく水っぽくて嫌だな、と思っていた刺身や、タコだけ噛み切れなくて面倒だな、と思っていたたこ焼きはきっと、ちゃんとしたタコを使ってはいなかったのだろう。これからはイカばかり贔屓しないでタコも食べよう、と心の中で納得した。
なお、店の名前はこの地で活躍した村上水軍から取っている。彼らも船上で、タコをこのように串刺しにして食していたのだろうか。さすがにハサミではなく、刀を使って切っているような気がするが。


「耕三寺」

境内の中に様々な時代の仏教建築が建ち並ぶ寺院。東照宮の陽明門を模した孝養の門の様子から「西の日光」とも呼ばれている。なぜか上層部には広さ5千平方メートルにもおよぶ白い大理石の庭園が現れ、自分がいったいどこにいるのかを忘れさせてしまう。全体的に穏やかな「しまなみ海道」の中で、強烈なインパクトを求めたい方にオススメである。
なお、近隣には生口島出身の画家である平山郁夫の作品を集めた「平山郁夫美術館」がある。新作の展示はもちろん、「しまなみ海道」を描いた作品や、幼少期のデッサンの展示などが充実している。あわせて足を運んでもらいたい。


耕三寺

「嫁いらず観音」

「嫁いらず観音」はライターの旅のあとくちにもある通り「お願いしておけば、老後に嫁の世話にならなくてすむ」という、一歩間違えれば嫁姑問題に発展しかねない(もちろん、実際にはそういう意味でないと思うが・・・)キャッチフレーズがついた観音様である。
写真ではわからないがこのお堂、現在は海と道路に挟まれている。が、元々は尾根とひとつづきだったものが、新たに道路ができて絶壁のお堂になってしまったと、通りがかりの農家のおじいさんに教えてもらった・・・と言っても、私には何を話しているのか全く解らなかったが。
ただ、手渡された蜜柑が美味しかったことだけは確かだ。


嫁いらず観音

「サンセットビーチ」

生口島の西側にある、約800メートル続く白砂のビーチ。「瀬戸内海一美しい夕日の見える海水浴場」ということでこの名が付いたとか。周辺には椰子の木が植えられ、ちょっとした南国ムードも味わえる。夏にはカヌー・ウィンドサーフィン・ヨットなどの海洋スポーツが体験できるという。
沖合いに目をやると、ひょうたん島が見える。思わず「ひょっこり〜」と言いたくなってしまうが、本当にこの小さな無人島があのアニメのモデルらしい(すいません、写真ではわからないですね)。ひょうたんのくびれた部分がちょうど広島県と愛媛県の県境となっている。瀬戸内の島々の中でも、ちょっとしたアイドルといったところだろうか。小さくても、夕陽に照らされ堂々と佇んでいるように見えた。


サンセットビーチ

最後に

10月に取材をしてから3ヶ月、このページをアップしてようやくこの仕事を終える。まぁ色々なことがあったが、今回の仕事を思い返すたびに頭に浮かぶのは、きっと瀬戸内の穏やかな海だろう。高い日差しをを浴びてキラキラ輝く海、夕陽と一緒に真っ赤に染まる海、深夜に船と対岸の明かりだけを浮かび上がらせてくれる漆黒の海、どんなときも荒れることなく私の前に現れた。もちろん、もっと長くいればもっと異なる顔を見せてくれるのだろうが、私には充分だった。月並みな誉め方かもしれないが、また会いに行きたい。
恐らく、このような仕事に関わらせてもらう機会は滅多にないだろう。だから、このような機会を与えてくれたtk氏には感謝したい。また、同行いただいたコピーライター、デザイン事務所マネージャーのお二人にはこの場を借りて、改めて御礼の気持ちを伝えたい。前回から感謝しっぱなしだが、それでも感謝し足りない。そして、共に支えあってきた仲間たちにも合わせて「ありがとう」を伝えたい。
最後に、この2回に渡る「しまなみ海道」編を読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。素人の書く文だけに、お見苦しい点もあったかと思う。それは私自身の反省材料として今後に役立ていくつもりだ。勝手ながら、皆さまには瀬戸内の海の穏やかさに免じて許していただきたいと思う。(では、「たこわさ」が待っているので・・・。)(ms)


いやあ、良く間に合ったねえ!(と書いているこの時点でまだ確信が持てていないが・・・) 諸般の事情で2号続けて制作してもらうこととなり、「すまないなあ」と申し訳なく思う気持ちと、「いつになったら取り掛かるんだよ」とはやる思いが錯綜したこの2ヶ月だった。ms氏、いい時期に出かけたねえ。ちょっと羨ましい。と言いつつ、何気に二度行ったことのある自分も、我ながらツワモノだなあと思っていたりもする。この前訪れたのが2005年の夏。その後ms氏が取材した時までに、いよいよしまなみ海道が全通した。この点、実に感慨深いものがある。(ちなみにこれと同じくらい、昨年の「環八(東京都練馬区〜板橋区)の開通」も感慨深かった・・・)
なお今回は制作スタッフに、通常以上の頑張りでWEBページを仕上げてもらった。この場を借りて心より感謝の意を表したい。ありがとうございました。 そしてms氏、おつかれさまでした。それなりに感謝してるよ。(tk)


参考文献

  • 『週刊 日本の街道 No.88「石見銀山街道」』(講談社 2004年)

企画・構成・文(イニシャル入り文は除く):ms