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ANA機内誌『翼の王国』2006年12月号掲載誌より抜粋

[茨城県土浦市]

このシリーズ始まって以来、初めての「近場企画」。いつもは飛行機や新幹線で現地付近までダイナミックに移動しているのだが、今回は「通勤電車」による移動で、私は「日帰り×2日」の取材となった。企画当初は「地元関東の凱旋取材だ!」なんて盛り上げていたが、現実にはちょっと拍子抜けしてしまうところもあった。「泊まり付き」かどうか、思いのほか大きなモチベーション要素なのかもしれない。
そんなサラリーマン的ぼやきはともかくとして、今回の取材、当初は「筑波山」がメインだった。しかし、実際に筑波山に行き、ついでに他のところも見回ってみて、気が付いたら「清滝寺」をテーマに選んでいた。こういう展開も「道々の拾いもの」広告取材の醍醐味なのだろう。
とはいえ最後にお断り。それほど「期待に胸膨らませて」現地に行かないでくださいね。何気なく訪れるくらいが、程よいと思われます。(tk)

[ライターの旅のあとくち]

土浦市の新治地区は「小町伝説」の里。京都から東北に旅する途中で病に倒れた小野小町が、この地の村長 (むらおさ)の家で介抱を受け、ついに亡くなったというものです。村長は自分の屋敷内に小町のお墓をつくり、代々、小町の供養をしてきたといいます。小町のお墓は山の斜面に残っていますが、その後ろには日付の新しい卒塔婆が立っていて、今でも供養が続いていることを物語っていました。(mt)

[イラストのはなし]

複数のコピー案から「清滝寺」を選んだ時点で、イラストの素材は既に決まっていた。当然「龍」である。のだが、じゃあどんな龍を描くか、これが大変だった。これまでとは違って、イラスト作成のもととなる「素材写真」がないのである。それも当然、想像の世界の生き物なのだから…。一体どんな龍にする? ドラゴン?中国の龍?和風の龍(←何じゃこりゃ)? 久々に図書館に赴き、いろんな書物をまさぐった。よくある「百科事典」よりも参考になったのは、「児童用の絵本」だった。そのとき見つけた『龍の子太郎』(作:松谷みよ子)、懐かしい…。(これ、私が小学校のときに学芸会でやった劇なのです。)
閑話休題。
最終的には、「まったくオリジナルの龍」を書き起こすことになった。まあ、もともとが「幻の龍」なだけに、何でもありということで…。(tk)

[水戸街道]

日本橋から、徳川御三家である水戸藩の城下を結ぶ、江戸時代の重要な脇往還(※本街道から分れたり、本街道に連絡する道路のこと)。上総・下総・常陸国の大名の参勤交代路としてだけでなく、成田山や鹿島神宮・香取神宮などに参詣する物見遊山の道としても賑わっていた。現在では、国道6号がほぼ水戸街道をなぞっている。ただし本来的には、千住宿までは「日光街道(国道4号)」と同じ道をたどる。

[南明山清滝寺]

坂東三十三観音札所の第26番の寺。小野小町が参詣に訪れたとも言われている。(この寺の近くにある「小町の館」「小町の墓」「小町の腰掛石」などを尋ねると、なるほどそうかしらと思えたりする。)
国道6号から国道125号に入り、その先で県道199号を北上する。この道は別名「フルーツライン」とも呼ばれ、確かに果樹園が道沿いに並んでいる。県道53号を越えた少し先に「小野小町の里↑」という手作りの小さな看板が立っており、県道199号を斜め左に入る。その道のつきあたりにあるのが「清滝寺」。なお、その手前を左に曲って少し進むと「小野小町の里」がある。
なお、先の県道199号をさらに北上すると、「表筑波スカイライン(現在は無料開放されている)」に入る。筑波山入口につながるこの道は、なかなかのいい道。ぜひ(というかむしろ)筑波山にも立ち寄って欲しい。

「清滝寺・龍とタメ張る猫」

妙に人懐っこい猫。ライターそっちのけで、この猫としばらくじゃれていた。自宅の近くにも猫がたくさん住みついているが、なぜかこのあと、なつく猫が増えてきた。かつて十数年にわたって犬を飼っていたが、その匂いが完全に落ちてしまったのだろうか。思い出す度に、あの犬の最期が気になる。(筆者注:最期、忽然といなくなってしまったのです…)


「小町の墓と小町の腰掛石」

「道案内」や「ライターのあとくち」でも触れているが、清滝寺の近くには「小野小町の里」がある。そのエリアにあったもの。弁慶ほどではないにしろ、この「小町さん」も、全国各地にいろいろな足跡が残っている。個人的には“まゆつば”の気もなくはないが、こうしてそれらしきエピソードが並ぶと、なるほどそうかなと思ったりもする。まあ、この程度にたしなむ位がちょうどいいのかもしれない。(自身の不勉強の言い訳でもあったりするが…)




「常陸国総社宮・日本武尊の腰掛石」

ここ、本当は取り上げるつもりはなかったのだが、「腰掛石つながり」ということで登場。この「日本武尊の腰掛石」、実は第1号の取材先でも見つけていた。日向市美々津の「立磐神社」にあった。せっかくなので、いまさらながらその写真もつけておこう(写真下)。ちなみに、立磐神社のそれのほうが、エピソード(“東征出発の地”伝説)に説得力があった。(とはいえ、それ以上の深い意味はない…)




「常陸風土記の丘」

今回の取材で、思いのほか(失礼な言い方ですみません)面白かったのがここ。私にしてはその時珍しく雨が降っており、ライターと「どうしよっかねえ。やめときましょうか。」なんてぼやきつつ、しぶしぶ入ったいきさつがある。幸いにして雨も一旦降り止み、結構じっくりと見学してしまった。この写真のような「珍しい建物(住居と工房を併用した、連房式の竪穴遺構)」が多くあって、興味深かった。


「日本一の獅子頭」

その風土記の丘で一番面白かったというか、驚いたのがこれ。最初“この物体”を遠巻きに発見したとき、さすがにぶったまげた。恐る恐る近づいてみると、なんとこれは「展望台」だった。その眺め自体はあまり感激するようなものでもなかったのだが、たしかにまあ、あんたが一番でかい獅子ですよ。その潔さは認める。





『道々の拾いもの 番外編』

冒頭でも触れたように、今回の取材、メインは筑波山だった。取材して、コピー案があがって、イラスト選定の打合せをするそのときまで、私は筑波山になるものだと思い込んでいた。結構“頑張って”取材していただけに、内心少し残念でもある。だからこそ、というわけでもないのだが(いやほんとはそうなのだろう)、こうして番外編を仕立てた次第である。

参考文献

  • 『週刊 日本の街道 No.87「水戸街道」』(講談社 2004年)
  • 『常陽新聞9月6日「茨城の社寺(34)」』

企画・構成:tk
文(イニシャル入り文は除く):tk